第26話

 昼休みに六人を包んでいた興奮は、雨に洗われた絵の具のように今は溶けて消えていた。今はその代わりに困惑と不安、そして絶望感が六人を包み、部屋の中には重い空気が流れていた。


「……ねぇ、今日はもう帰ろう。由佳子、行こう」

 そう言って真瀬田はスマホをスカートのポケットにしまい、立ち上がる。市原もそれに倣いランドセルを背負った。皆も黙ったまま帰り支度を始める。


 そんな中、松村だけが「大丈夫だって」「なんとかなるって」と、空元気でなんとか空気を明るくしようと無駄な努力をしていた。


 明日から六人に何が待ち受けているのか。これからどうすればいいのか誰にもわからない。

 満は今日はもう何も考えたくなかった。


 〜♪


 すると再び、重い空気が支配する室内に似つかわしくない真瀬田のスマホの着信音が鳴り響いた。


「……また矢上か?」

「わからない」

 真瀬田はしまったばかりのスマホを取り出し、画面を見る。そして動きを止めた。


「誰だよ?」

「……わからない」

 真瀬田が皆にスマホを見せると、そこにはただ「非通知」と表示されている。


「でるよ? いい?」

 真瀬田の問いに皆は頷き、真瀬田は再びスピーカーに切り替えて、着信ボタンを押した。

 満にはどこから電話がかかってきたのか全く予想がつかなかったが、どことなく嫌な予感がしていた。


「……もしもし?」


 スマホの向こうから返答は無い。ただノイズのような雑音が断続的に聞こえてくる。

 満はそれが雨音だと思った。電話の相手は外からかけてきているようだ。


「もしもし。誰?」


 真瀬田の問いにやはり相手は答えない。しかしその代わりに、雑音と共に歌声が聞こえてきた。


『……もーんめもんめ、はないちもんめ』


 その歌声は複数の少女達のものであり、その歌は満も知っている童謡「はないちもんめ」であった。


『あーの子が欲しい、あーの子じゃわからん。相談しましょ、そーしましょー』


 満はその声に聞き覚えがあった。そして真瀬田も声の主である少女の一人に気付いたようだ。


「大島? 大島でしょ!? 何!? 何の用なの!?」

 受話器の向こうにいるであろう大島達は、真瀬田の問いには答えず、ただ「はないちもんめ」を歌い続ける。


『きーまったー、きーまったー』


 歌を聞いていると、大島だけではなく他の声も誰のものかわかってきた。それは皆、里中の「犬」のメンバーである女子達だ。


『敷島はいらない』

「ねぇ! 大島!」

『真瀬田もいらない』

「大島ってば!」

『西之原もいらない』

「ねぇ! ちゃんと喋れよ!」

『咲洲もいらない』

「大島ふざけないでよ!」

『市原もいらない』

「いい加減にして!」

『松村もいらない』

「何が言いたいの!? 大島ぁ!!」


 聞こえてくる不穏な歌声に耐えきれず、真瀬田が叫ぶ。するとそこで歌声はピタリと止まり、耳元で囁くような声が聞こえた。


『矢上もいらない』


 それは里中の声であった。

 真瀬田は小さく悲鳴を上げ、ベッドにスマホを放り投げる。そして数秒の沈黙の後、着信は途絶えた。

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