第33話

 その日の放課後、いつも通り松木運動公園に集まった満、西之原、松村、市原、矢上の五人は途方に暮れていた。


 あの後、六時間目は自習となり、ホームルームは里中の代理として教頭が行ったが、その間クラスメイト達の満達に対する反応はやはりどことなく冷たかった。


 満達は犬の動向に注意を払っていたために、原が自ら転んだのがハッキリわかったが、彼らから見れば里中に反抗しようとした敷島がいぬである原を突き倒したように見えたのだろう。敷島の父親が刑務所に入っているという事を里中に刷り込まれていた彼らには、偏見も手伝って余計に敷島が悪者に見えたはずだ。そしてその後の真瀬田の行動も、会話の内容はともかく、暴力で青山を従わせようとしているように見えただろう。


 普段里中の暴力に怯えている彼らが、暴力を振りかざすチームとは距離を置こうと考えるのは必然の事だろう。むしろ何人かは満達から離反し、立場上は教師である里中にへりくだり、庇護を求めるかもしれない。


 松村や西之原などの温厚で人徳のあるメンバーが一人一人にあの時起こった事を説明していけば、もしかしたらまた改めて仲間になってくれるかもしれないが、リーダーである敷島と、ほぼ副リーダーであった真瀬田を失った五人には、その気力が湧かなかった。


「やっぱり無理なのかな……」

 いつも能天気な松村から弱音が漏れた。

 松村は敷島と一番仲が良かったので当然かもしれない。真瀬田と仲の良かった市原も松村と同じようにしょぼくれている。


「まだ諦めるわけにはいかないだろ。俺達はもう後に引けないんだぞ」

「そうだよ。私だって大島さん達を裏切ったからには……」

 しかし、西之原と矢上はまだ折れてはいないようだ。

 そう、満達の造反は既に里中にバレている。ここで引けば六年生に上がるまでの残りの半年以上は地獄を味わう事になるだろう。


「でも! これからどうすればいいかわからないよ!」

 松村の言葉に西之原は考え込む。

 満達には完璧な逆転を狙う新たな策が必要であった。


「やっぱり、盗撮作戦をもう一度……」

「ダメだよニッシー。だって……」

 西之原の言葉を遮った松村は皆を見渡す。


「裏切り者がいるかもしれないんでしょ?」

 敷島と真瀬田が裏切り者である可能性はまずないだろう。もし裏切り者がいるとすれば、この場にいる五人の誰かだ。そうであれば盗撮作戦が成功する事はまずない。しかし、メンバーを二人も失った上に、更にこの中の誰かが裏切り者だなどと、満は考えたくもなかった。


「……わかった。私が裏切り者だって思うなら、私はもう参加しないよ。じゃあ、みんなの作戦がうまくいく事願ってるから。以上」

 矢上は僅かに悔しげな表情を浮かべてそう言うと、ベンチに置いていたランドセルを背負う。市原も小さな声で「私も」と言うと、矢上に続いてランドセルを背負った。


「待って! そんなつもりで言ったんじゃ……」

 それを見た松村は慌てて二人を引き止める。しかし二人が今日はもう帰りたいと言うと、それ以上は引き止める事はできなかった。


 後に残ったのは満、西之原、松村の三人である。

 里中と戦うにはあまりにも心許ない。


「とにかく、俺達だけでも土日の間に何か作戦を考えよう。もし何も浮かばなかったら、地道にクラスのみんなにりゅうちゃんの無実を訴えて、また一からやろう」

 その日は西之原のその言葉で解散する事となった。


 祖母の家へと向かう道中、満は団地の前で立ち止まり、敷島の住む二号棟を見上げた。敷島が今何を思い、何をしているのか、それが心配であった。


 そして、これから自分達がどうすればいいのかという事も。

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