第63話
「本当にごめんなさい。ごめんなさい……」
市原は土下座をし、何度も何度も三人に頭を下げた。そして、盗撮作戦を里中に報告し、里中にメモリーカードを盗ませたのは自分である事も白状した。
泣きながら頭を下げる市原の頭を上げさせるのに、満達は一苦労した。
「まぁ、今となっては許すとしか言えないけどさ……じゃあ、なんで月曜に急に大島達とつるみ出したんだ? それまで通りにしてれば俺達も市原がスパイだったなんて気付かなかったのに」
西之原の素朴な疑問にも、市原は洗いざらい答えてくれた。あれは仲間の裏切りにより満達を絶望させ、謀反を完全に諦めさせるために里中の指示で裏切りを明らかにしたとの事であった。因みに大島達も、市原から話を聞くまで市原がスパイである事は知らなかったらしい。
市原の裏切りの影響は大きかった。
市原が裏切らなければ盗撮作戦はうまくいっていただろうし、そうなっていれば市原も大島達も楠原達に裸を晒す事も無かったかもしれない。そして、もしかしたらではあるが、楠原が階段から落ちる事もなかったのではないだろうか。
だが、市原の裏切りよりも満が気になる事は、里中がなぜそこまでしてクラスを支配しようとしていたのかという事だ。
なぜ今まで満がその事について考えなかったのか。それは単純に思慮の甘さである。満達にとって里中は分かりやすい「悪」という存在でしかなく、満達は自らを「正義」だと信じていたからだ。里中を撃退した事によるクラス内の混乱のせいもあってか、満達はその後も里中の事情というものを全く考えはしなかった。ただ偉そうに振る舞う悪役としてしか見ていなかったのだ。
冷静に考えれば不思議である。
自らの優位性を保つ為にクラスを恐怖で支配するというだけであれば、ただの性格が悪い教師という事で説明がつく。だが、大島達を味方につけたり、市原を脅迫したり、更には真瀬田の携帯にかかってきた演出過剰な電話や、メモリーカードを盗んでまでクラスを支配する事に、里中にとってどんなメリットがあるというのだろうか。
教師と生徒の関係など、所詮一年の付き合いである。来年になればまた新たな生徒に上下関係を植え付けねばならないのに、なぜ新任教師である里中はあの手この手で満達を支配しようとしたのか。
満が市原にその事について何か知らないかと問うと、市原は何も知らないと答えた。
「まぁまぁ、みっちゃん。もう里中の話はいいじゃん! 市原さんもそんなに泣かないでよ。りゅうちゃんや真瀬田さんもちゃんと謝れば許してくれるって。とにかくこれで本当に一件落着だよ!」
そう言って松村はうめー棒を豪快に齧った。スナックの粉が床に散らばり、西之原は眉を顰めてそれをティッシュで拾う。
「まぁ、色々あったけど、とりあえずまっちゃんの言う通りだよ。これ以上里中に深入りしてもしょうがないしさ。とりあえず里中のヒスが再発しないように、今後の動向に注意を払うって事でいいんじゃないか?」
二人は全てが終わったと思っているようであるが、満はそうではない事を知っている。
満は楠原の怪我が何者かによる犯行である事と、満の家に石が投げ込まれたを三人に相談したかったが、なかなか踏み出す事ができなかった。
その理由は、もし満が誰にも喋らなければ犯人はこれ以上何もしてこない可能性があるからというのと、三人の口から満が話した内容が誰かに漏れて、それを犯人に知られる可能性があるからだ。西之原と松村の事は信用しても良いだろうが、人の口に戸は立てられぬとよく言う。そして満はまだ市原の事を完全に信用してはいなかった。
結果的に、満はその時は口をつぐむ事にした。
一通りの話が終わり、ゲームを再開しようという事になった時、市原が顔を拭く為に洗面所行きたいと言った。西之原が一階にある洗面所の場所を教えると、市原は赤くなった目を擦りながら部屋を出て行く。
すると突然、松村が小声でこんな事を言いだした。
「僕、市原さんの事好きかも」
その一言に、満も西之原も目を丸くする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます