第14話
決起集会があった翌日。
その日は土曜日で、いつもより遅い時間に起きてテレビでアニメを観た満は「カマキリの島」を午前中で読み終えた。
カマキリの島のラストは、島に残されていた船で脱出した主人公とヒロインが本土に戻ると、本土は既に巨大なカマキリ達によって占拠されていたという、救いようのない話であった。
その後満は朝から仕事に出ている母親が用意していった昼食を食べ、昼から図書館へと出掛ける事にする。
学校の図書室は土曜日は閉まっているし、隣町の大きな図書館に行くにはわざわざバスに乗らねばならない。しかし、満はそのどちらでもない穴場の図書館を知っていた。それは、満の家から三十分程歩いたところにある松木町ふるさと資料館の事である。
NPO法人が管理している資料館は、本来松木町の歴史に関する展示物を展示してある退屈極まりない建物なのだが、その奥にある一室には町民から寄付された大量の本が並べられた小さな図書館があるのだ。
そこは蔵書数は大した事はないものの、学校の図書室にはないような掘り出し物が多く、滅多に人もおらずにのびのび読書ができるために、満のお気に入りのスポットであった。
家を出て田園地帯を歩いていると、まだ六月にも関わらず刺すような日差しが満の白い肌に染み込んでくるようであった。そこら中から香る夏の香りが、夏休みの到来が近い事を知らせているようで、満の胸を僅かに高揚させる。
資料館に着いた満は、顔見知りの受付の男に挨拶をし、古い農具や猪用の罠などが展示されている資料室を素通りして、その奥にある「図書館」と手書きで書かれたプレートのかけられた扉を開く。そして、そこでピタリと足を止めた。
二十畳程の広さの部屋の壁沿いには本棚がズラリと並べられており、資料館の会議室にもなっているその部屋の中央には四つの長机がくっつけて置かれている。いつもならば誰もいない筈のその空間に、満は見慣れない存在を見つけたのだ。
長机を挟んで丁度満の対面にある本棚の前、そこには満に背を向けて、本棚と向かい合っている青いワンピース姿の髪の長い少女がいた。後ろ姿から察するに、満と同じくらいか、近い年頃だと思われる。
扉を開けた満の気配を感じたのか、少女は振り返り、その大きな瞳で満の目を見る。そして小さく会釈をすると、再び満に背を向けた。
満は戸惑いつつも室内に入り、音を立てぬようにドアを閉める。そして本棚で読みたい本を選び始める。
本を選んでいる間も、満は見慣れぬ少女の事が気になって仕方がなかった。本の背を見ていても全くタイトルが頭に入ってこずに、チラチラと少女に目を向けてしまう。満はなんだか少女に近付くのがはばかられ、少女が本を選びながら近寄って来ては離れ、少女が離れては近付いてを繰り返した。
満が何度目かの視線を少女に向けた時である。視線に気付いたのか、少女も満の方を見た。満は慌てて視線を逸らし、数秒待ってから目だけを動かしてゆっくりと少女の方を見る。少女はまだジーっと満の方を見ていた。満は今度は目を逸らさなかった。
すると、不意に少女が満の方に向かって、ピョンと大きくサイドステップしてきた。満は驚いて、少女が近づいてきたのと同じ距離を離れる。それを見た少女は意地悪そうに笑い、もう一歩満へと近付いてきた。満はまた一歩少女から離れた。そして少女が更に一歩踏み出してきた時、少女から離れようとした満は、迫っていた本棚に気づかずに、肩をぶつけた。
「いてっ」
満が本棚を見上げると、それまでニンマリ笑っていた少女は破顔して、小さく声を上げて笑いだした。
「あははは! 大丈夫?」
「だ、大丈夫、全然平気! 大丈夫大丈夫……」
満は変な所を見られた恥ずかしさと、少女の屈託無い笑顔に顔を赤くした。
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