第20話

 六人は「今度こそはいける」「もうすぐあの悪魔を学校から追い出せる」そう思っていた。里中の暴行の映像を撮り、それを然るべき場所に提出すれば、数日後には平和な学校生活がまた戻ってくると。


 だが、どんな作戦にもハプニングは起こるものである。


 作戦の再実行が行われる事になった水曜日、その日の一時間目は国語の授業で、漢字の書き取りテストが行われていた。里中が行うテストでは、点数が低かったりトンチンカンな回答をしてしまった者は後に皆の前で晒されて恥をかかされる事があるので、満も必死にテストを解いていた。


 里中はチラチラと時計を見ながら、偉そうに腕を組んで教室内を練り歩く。そして、満の席を通り過ぎようとした時にピタリと足を止めた。満は一瞬ドキリとしたが、気付かぬフリをしてテスト用紙に鉛筆を走らせ続ける。すると、里中は不意に満の机に手を伸ばし、松村特製のペンケースを手に取った。


 ドクン


 その瞬間、満の心臓が一気に跳ね上がり、ブルリとした震えが肛門から爪先まで一気に駆け抜けた。


 里中は手に取ったペンケースをしげしげと眺めている。撮影用の穴は装飾品に偽装したボタンで塞がれているために、外見からではただのペンケースに見えるだろうが、ジッパーを開けられれば中に固定されている携帯が一瞬でバレてしまう。いや、ペンケースを強く握られただけで中に不審な物が入っていると感づかれるだろう。


「……筆箱変えた?」


 里中は何気ない様子で満に問いかける。

 満は汗でぬるりとした手で鉛筆を握り直すと、里中の方を見て「はい」と答える。


 その時、里中の向こうから落ち着かぬ様子でこちらを見ている西之原の姿が見えた。西之原だけじゃない。きっと他の四人も気が気ではなかったはずだ。


 もし里中に携帯が見つかれば里中はどう思うだろうか。携帯で盗撮をしようとしていた事に気がつくだろうか。いや、携帯が閉じられた状態で入っていたならまだしも、ホルダーに固定されている状態を見れば里中が気付かぬはずもない。そして満を尋問し、満が自分達の事まで吐くのではないだろうか。そんな思考が巡っているであろう。


 満には敷島と西之原がほぼ同時に鉛筆を置くのが見えた。何かしら理由を付けて里中の気を逸らすつもりなのだろう。先週の金曜日に満が敷島を思いとどませるために手を挙げた時のように。


 しかし、二人が手を挙げる前に動いた人物がいた。


「あの、先生」


 その声は満のすぐ背後から聞こえてきた。

 里中はペンケースから目を離し、そちらを見る。


「先生、この問題、送り仮名間違ってませんか?」


 そう言ったのは満のすぐ後ろに座る、里中の「犬」矢上であった。

 里中はペンケースを満の机に置き、矢上のテスト用紙を覗き込む。


「この導くって、導じゃありませんでしたっけ?」

「いいえ、導くで合ってるわよ」

「す、すいません。勘違いしてました」

「間違えやすいから気をつけなさい」


 里中はそう言って矢上の席を離れる。

 矢上の質問を挟み、里中の興味は満のペンケースから離れたようで、里中はそれっきり満に何かを言ってくる事は無かった。

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