報復
第43話
火曜日。
その日満はいつもより早めに登校した。
別に何かあったわけでも、何かがあるわけではない。ただいつもより少し早く目が覚めたというだけである。
満が教室に入ると、既に数人の女子生徒達が教室に登校してきており、一つの机の前に集まり何かをしていた。そしてその机は犬の一人である平本の机であった。
女子達は教室に入って来た満に気付き、教室入り口へと顔を向ける。その女子達の中心には楠原もいた。
「咲洲おはよー」
楠原達は満に挨拶を投げると、ニヤニヤとよからぬ笑みを浮かべながら再び机に向かって作業を再開する。
カリ……カリカリ……
教室内には何かを削るような小気味良い音と、楠原達の小さな笑い声が響く。
満が自分の席に向かいがてらに楠原達が何をしているのかを覗き込むと、楠原達は彫刻刀を手に机に何かを彫り込んでいた。机に彫り込まれている文字は
犬
クズ
死ね
などの、シンプルな悪口である。
楠原は満を振り返ると微笑みながら、「あんたもやる?」と彫刻刀を差し出したが、満はそれを断り、自分の席へと向かった。
満が教室内を見渡すと、大島や原や畑中、そして市原の机には、既に彫刻刀とマジックで落書きがされた後のようだ。大島の机には特にビッシリと文字が書き込まれ、ご丁寧にトイレ用洗剤までブチまけられている。
止めるべきだったであろうかと、満は思う。
しかし、満は元々クラスの揉め事に積極的に首を突っ込む方ではなかったし、里中退治に協力したのも流れからである。里中を撃退した時点で満の、いや、満達の役割は終わったのだ。
そもそも満には犬達を庇う義理は無いし、楠原達の報復は大島達の自業自得である部分はある。仲間であった市原の事は気になったが、これ以上のトラブルを避けたかったし、楠原達の怒りもすぐに落ち着くであろうと思った満は、その場はダンマリを決め込む事にした。
楠原達の落書きが終わった後、他の生徒達も教室に登校してきたが、これまでの大島達の振る舞いを見てきたせいか、机の惨状については誰も何も言わなかった。むしろはしゃいで喜ぶ者もいたほどだ。ただ西之原だけは、「あれ、誰がやったか見てたか?」と満に聞いてきたので、「楠原さん達」と答えると、気難しそうな表情で頭をボリボリと掻いて、自分の席へと戻って行った。大島達ですら、自分達のこれまでの所業を思い返してか、教室内を見渡すだけで何も言わなかった。そして楠原達はそれを見てクスクスと笑っていた。
昨日の一件で全てが終わったはずだった。
里中が大人しくなり、クラスメイトは皆仲直りし、後は夏休みを待つだけの学校生活がやってくるはずだった。
しかし、事はそう単純ではないらしい。
教室内の空気はどこか淀んでおり、満達が望んでいたような明るい雰囲気は感じられない。自分の席から教室内を見渡しながら、満はまるで自分がパラレルワールドにでも迷い込んだかのような感覚を覚えた。
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