第58話
帰りの会が終わり、満達は久々に運動公園に集まった。それは帰りの会での里中の発言を考察するためである。
「もう、全部終わったって考えていいのかな」
西之原が言う「全部」というのがどこからどこまでを指すのかは分からないが、里中が本心からあの発言をしたのであれば、敷島が発足したこのチームの役割は終わったと考えて良いだろう。当初の目的であった里中の暴挙を止めるという目標は達成されたのだから。
里中のあの発言は、事実上五年一組生徒一同との和睦協定である。里中はもう生徒に過剰な指導をしないという事を宣言した上で、内申書をチラつかせる事によって、「あまり調子にのり過ぎるな」と皆に釘を刺したのだ。全員が全員内申書を気にするかは分からないが、今後はクラスも今日程の無法地帯にはならないだろう。妥協点としては最高の形ではないだろうか。
「まぁ、結果はどうであれ、そういう事じゃないの。なんか気が抜けちゃうなぁ」
矢上はイマイチ腑に落ちない表情を浮かべていたが、どこかホッとしているようにも見えた。
矢上の気持ちは満にもよく分かる。
ここ数週間、満達はクラスの挙動に常に目を配っており、学校にいる間は気の休まる時間が無かったと言っても過言ではない。仮にとはいえ、ようやくその緊張から解放されるのだ。
「えー……じゃあ、僕達ってもう解散?」
そう言った松村は少し残念そうであった。
満は松村の気持ちも分からないではない。
確かに数週間も緊張状態が続き、満は精神的に疲れてはいた。しかし、この数週間、充実もしていたのも事実である。盗撮作戦の時はかつてないスリルを感じたし、皆で集まって作戦を考えるのも少し楽しかった。西之原の家で里中からの電話を受けた時は怖かったけれど、里中を撃退できた時は本当に嬉しかった。そしてそれを成し遂げたチームが解散するという事は、やはり少し寂しい。
「まぁ、取り敢えずは解散だろ。目標は達成したんだし。りゅうちゃんも真瀬田もいないのに解散っていうのも味気ないけどな。あと、市原も……」
西之原の言う通り、発起人である敷島がこの場にいない事は少し残念である。だが敷島は果たして里中と五年一組の和睦を良しとするだろうか。それともまだ復讐心を燃やし、謹慎が解ける日を待っているのだろうか。
真瀬田には矢上が毎日電話をして、その日あった事を報告していると言っていた。市原の裏切りを知った時、真瀬田は大きなショックを受けていたそうだ。それから真瀬田も何度か市原に電話をしたそうだが、まともに話す事ができなかったと言っていたらしい。
そして、つい一昨日まで犬である事をおくびにも出さなかった市原が、なぜ満達を裏切ったのかという謎は残る。しかし、これで全てが終わったのであれば、もうこれ以上考えても仕方がないだろう。
その時、公園内に夏草の香りがする強い風が吹いた。まるでチームの解散を促すかのように。
風が止むと、矢上がベンチから立ち上がる。
「じゃあ、また明日学校で」
矢上が言った「また明日」は、チームとしてではなく、一クラスメイトとしての別れの言葉だった。
それを皮切りに、満達四人はその場で解散する事となった。
「あっ」
公園を出る時、満は水着入れを持っていない事に気付いた。背後を振り返り今まで座っていたベンチを見るが、そこに水着入れは無い。おそらく学校に忘れてきたのであろう。運動公園から祖母の家に帰るには学校の近くを通る。母親に小言を言われるのも嫌だし、どうせついでなので、満は学校に水着入れを取りに戻る事にした。
満が学校に戻ると、校庭ではまだ多くの生徒が遊んでいた。しかし、校舎の中に入ると人影は見当たらず、なんだか不気味な雰囲気が漂っている。満はホラー小説をよく読むせいか、夕方の学校特有のこの雰囲気が怖いものを連想させて、実に苦手であった。
校庭から聞こえる生徒達の声を聞きながら、満は急ぎ足で階段を上る。そして二階から三階へと上がる階段の踊り場を曲がろうとした時だ。
フッ
満のすぐ鼻先を何か大きな物が掠める。
そして満が反射的に後ずさったのと同時に、足元で何か硬いものが叩き付けられる音がした。満はゆっくりと音のした方を見る。
そこには頭から血を流し、右腕から白い骨が飛び出した楠原が、ビクビクと痙攣しながら倒れていた。
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