第32話

「おい……は、原……何やってんだよ」

 呆然としていた敷島は、ようやく状況が飲み込めてきたのか、顔を青くしてヨロヨロと数歩後ずさる。すると、里中が倒れている原の元に駆け寄った。


「原さん! 原さん! 大丈夫!?」

 里中はそう言って原の上半身を抱え起すと、敷島を睨み付けた。


「敷島君……あなたなんて事を……」

「違う……俺は……違う……!!」

 そこに、先程の音を聞きつけた五年二組の担任である道下という男性教師が駆け込んできた。


「里中先生! 何かあったんですか!?」

 すると里中は、一瞬にして今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。そして道下に言った。


「敷島君が授業中に急に叫びながら立ち上がって、原さんが敷島君を座らせようとしたら急に暴れ出して、それで……私の、私の責任です……」

 それを聞いた敷島は激昂する。


「嘘だ! 違う! ふざけんな嘘つき!!」

 里中に殴りかかろうとした敷島を、道下が慌てて取り押さえる。敷島は顔を真っ赤にして暴たが、大人の男である道下には敵わなかった。


「こら! 敷島! 大人しくしろ! 里中先生! 敷島は私がなんとかしますので、先生は原を保健室に!」

「……わかりました。原さん、歩ける?」

 里中はそう言って原に手を貸して立ち上がらせると、チラリと敷島を見て青山と共に教室を出て行った。

 敷島は里中が教室を去ってからも道下の腕の中で暴れ続け、涙を流しながら声にならぬ声で叫び続けたが、やがて道下によってどこかへ連れていかれてしまった。


 再び教室に静寂が訪れる。

 やがて生徒達はヒソヒソと、敷島の今の行いについて怪訝な顔をして話し始めた。


 すると、真瀬田が自分の席から立ち上がり、青山に歩み寄る。そして俯いている青山の胸ぐらを掴んだ。


「あんたも犬なの?」

 その問いに青山は首を横に振る。

 昨日、満達が青山に仲間にならないか打診した時、青山は里中が怖いからと言って仲間に入らなかった生徒の一人だ。


「あんたの嘘でこうなったのわかってる?」

 青山は再び首を横に振る。

 真瀬田は舌打ちをして、手を高く振り上げた。すると青山が叫んだ。


「だって仕方ないでしょ!!」

「何が仕方ないわけ? 飴持って来たのが里中にバレて、クラスメイトを里中に売る事の何が仕方ないわけ!?」

「違う!」

「何が違うのかハッキリ言いなさいよ卑怯者!!」

「あんた達が先生に逆らうのが悪いんでしょ!? 真瀬田さん達が大人しくしていれば何も起きなかったんじゃない!!」

「じゃあ、あんたは来年の春までずっと里中にビクビクしながら学校通いたかったの!? あんただってあいつに泣かされたでしょ!?」

「一年我慢すれば終わる事なんだから、真瀬田さん達の勝手に私達を巻き込まないでよ!」

 青山の言葉に、真瀬田は振り上げていた手を下ろし、青山の胸ぐらから手を離す。


「ねぇ、あんたは先週敷島が晒しあげられた時に何も思わなかったの?」

 青山は俯きながら、小さく鼻で笑う。


「わ、私と関係ないでしょ? 犯罪者の子供なんて」


 バチッ


 真瀬田の平手打ちが青山の頬に飛び、教室内に破裂音が響く。そして真瀬田は何度も青山の頭を上から叩いた。叩かれながらも青山は言う。


「犯罪者の、仲間は、やっぱり、犯罪者だ! もう二度と関わらないで! 刑務所でもどこにでも行ってよ!」


 やがて真瀬田は肩で息をしながら青山を叩く手を止める。そして自らの席に戻りランドセルに机の中身を全て詰め込むと、それを持って教室を出て行こうとする。

 真瀬田が市原の席のそばを通る時、市原が「麻里ちゃん」と呼び止めたが、真瀬田は一瞬立ち止まっただけでそのまま教室を出て行った。それを見送る満達以外のクラスメイトの目は冷たかった。

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