正面対決

第29話

 二日後の金曜日の昼休み、矢上を含めた満達七人は体育館の入り口にいた。


 先頭に立ち体育館の中を覗いていた矢上が、満達を振り返り頷く。それから満達が体育館の中に入ると、ドッジボールやバレーをして遊ぶ様々な学年の生徒達の奥に、バトミントンをしている大島と、畑中、原、平本という、里中の「犬」である女子四人組がいた。


 満達は大島達に歩み寄り、矢上が大島に声を掛ける。


「大島さん」

 しかし、大島達はまるで矢上や満達がいないかのように振る舞い、楽しげにバトミントンを続けている。それから何度矢上が呼び掛けても、大島達は矢上を無視し続けた。


 矢上が諦めると、今度は真瀬田が前に出て、大島達に言った。


「ねぇ、あんた達本当にそれでいいの?」

 真瀬田の問いにも大島達は答えない。

「本当にいいのね?」

 やはり大島達は答えない。ただ無視を貫いている。

 真瀬田は「わかった」と言うと、大島達に背を向けて体育館の入り口に向かって歩きだす。満達もそれに続いた。


「あいつら何されたらあんなに里中に従順になれるんだ?」

 敷島の問いに真瀬田は手をヒラヒラと振りながら答える。

「知らない。尻尾振るのが好きなんでしょ」


「あいつらが里中を裏切れば話が早かったのになぁ」

 西之原はそう言うと、少し名残惜しげな表情を浮かべて大島達を振り返る。


「まぁ、仕方ないでしょ。でも、やるからには腹くくってやろう」

 あの日の夕方から約二日、満達の新たな作戦が実行されようとしていた。



 時は水曜日の夕方に遡る。

 西之原は、首を傾げる五人に向かってこう言った。


「まぁ聞いてよ。りゅうちゃんが俺達を誘って里中を倒そうと思ったのは何でだ?」

「そりゃあいつが色々ひでぇからだよ」

「じゃあ、みんなを集めたきっかけは何だった?」

「だからさ、お前を誘う時も言っただろ。みっちゃんが里中に反論した時にみんなも色々言ってくれたからだって」

「そこ! それだよ!」

 西之原は興奮した様子で語りだす。


「そもそも俺達は作戦が間違ってたんだよ。俺達は別に悪い事してないのに、コソコソ戦う必要なんてなかったんだ」

「は? 全然わかんねぇ」

「だからさ、数の力であいつをねじ伏せるんだ」

「ボコるのか?」

「違うって! もっと民主的な作戦だ」


 その後、西之原が説明した作戦はシンプルなものであった。

「クラスのできるだけ多くを俺達のチームに引き入れるんだ。できれば全員」

「まぁ、他にも入ってくれる奴はいるだろうけど……それからどうするんだよ?」


「誰かがババ先にイジメられたらみんなで庇うんだよ。理不尽な事言い出したら「それはおかしい」ってちゃんと言うんだ」

「そんな事したらそいつに矛先が向くだけじゃねぇか」

「一人ならそうかもしれないけど、みっちゃんの時みたいに複数だったらどうだ?」


 あの時、里中はいつになくアッサリと引いた。

 里中が何を思い、どう考えたかは満にはわからないが、確かに里中は負け惜しみのように口で言い返す事しかしなかった。


「俺達が口火を切って、クラス全員であいつの理不尽に反抗するんだ。あの、ニュースとかでやってるだろ……クーデター! クーデターを起こすんだよ」

「全員で正座しろって言われたらどうするんだ?」

「しない! いくらあいつが先生でも、俺達がなんでも従わなきゃいけない理由なんて無いんだ! あいつは先生だけど、俺達と同じただの人間なんだから」

 西之原の言葉によって風が起こり、六人の心から消えかけていた火種がパチパチと火花を散らし始める。しかし、市原はまだ先程の電話の恐怖により燻っているようだ。


「で、でもさぁ、そんな事したら先生が凄くキレて、誰かがボコボコにされてケガするかも……」

「大丈夫だ。さっきの電話で分かった。里中のヒステリーは怒りからのものじゃない。俺達をビビらせて弄ぶための演出だ。それに、これまであいつにいびられてケガした奴はいないだろ? ケガをすれば問題になって困るのはあいつだからな。あいつは俺達に本当の暴力は使えないんだ」


 言われてみれば確かにそうであった。

 里中に蹴られたり叩かれたりする者はいても、流血したり痣を作った者を満は見た事がない。暴力もまた里中にとっては、自分を恐ろしく見せるための演出であったのだ。


「確かに、正面からぶつかるならスパイも何も関係無いな」

 最初は腑に落ちない顔をしていた敷島の顔が、今は僅かに赤く上気している。


「仲間にした奴にスパイがいたとしても、俺達が反抗してるのを見たら仲間になってくれるかもしれないだろ? 犬だってそうだ。大島達だって、きっと目を覚ましてくれる」

「大島達は……まぁ、置いとくとして、とにかく仲間を集めればいいんだな」

「そう! ビビって仲間にならないって言う奴がいても、俺達っていうチームがある事を知らせてやるんだ。そしたらきっと後々仲間になってくれる」


「ニッシーすげーっ! なんかゲームの主人公みてー!」

 どうやら松村にもいつもの調子が戻ってきたようだ。

「じゃあさじゃあさ、みんなであいつに反抗する練習しないと!」

 松村はそう言って敷島を指差す。


「敷島君! 正座しなさい!」

「嫌だ! おい真瀬田、腕立てをしなさい!」

 次は敷島が真瀬田を指差す。


「い、や、で、す。市原、あんた廊下に立ってなさい」

 真瀬田は市原の肩を叩いた。


「イ、イヤ! もう先生の言うこと聞かない!」

 気の弱い市原の強気な言葉に、満達は思わず笑ってしまった。


 反抗の火は再び燃え上がる。

 今はまだ小さな火だが、やがてメラメラと燃え盛る炎となるであろう事を、満は確信していた。

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