第64話

「まっちゃん、急にどうしたんだよ」

 二人が松村の発言に困惑していると、松村は少し照れながら、しかし力のこもった声で語る。


「なんか泣いてる市原さん見てたら、守ってやらなきゃ! って感じがしてきてさ。それに市原さんって結構可愛いじゃん」

「なんだよそれ。意味分からないんだけど」

 西之原は訝しげな顔をして満を見る。それに対して満は首を捻って返した。


「これって恋的なやつなのかな?」

「知らないよ。俺好きな人いないし。ていうか、まっちゃん前から市原の事好きだったんじゃないか? だから今日声掛けたんだろ?」

「いや、そうじゃないけどさ……」

 モゴモゴと口籠る松村を見て、西之原は何か思い付いたようだ。


「もしかしてアレか? この前裸見たからじゃないのか?」

「いや! 違うって! そんなんじゃないし! だって、大島さん達のも見たけど別に好きにはなってないし!」

「そりゃあ……大島達は性格キツイからだろ。原とか顔ゴリラだしさ」

 西之原の言う通り、犬の一員である原の顔はゴリラによく似ていた。四年生の時は、よく敷島が原の事をゴリラと呼んでからかっていたので、原は密かに敷島をかなり恨んでいたのかもしれない。


「とにかくそんなんじゃないって! もし前から市原さんの事好きだったら、あの時楠原達をボコボコにしてたよ」

 と、松村は言うものの、運動はできるが細身で穏やかな性格の松村にそれができるとは満には到底思えなかった。現にあの時は相手が複数だったとはいえ、松村はあっさりと取り押さえられていた。それは満も西之原も同じであったが。


 そんな話をしていると、突然部屋の外からドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえ、血相を変えた市原が勢いよく部屋に飛び込んできた。


「大変! 煙! 火事!」

 それを聞いた満達は跳ねるように立ち上がる。


「火事!? どこが!?」

 西之原が問うと、市原は言葉に詰まりながら叫ぶ。


「この家! 一階! 逃げなきゃ! 早く!」

 言われてみれば、なんだか焦げ臭い匂いが廊下から室内へと流れ込んでくる。満達が市原に続いて部屋を出て、一階に降りると、その匂いはより一層強くなった。

 市原は三人を台所まで誘導し、奥にある勝手口を指差す。すると、勝手口の磨りガラスの向こうに、赤い炎と黒い煙が立ち上っているのが見えた。


 驚愕した四人は玄関から外に出ると、家の裏手へと回る。

 勝手口の前では新聞の束らしき物が激しく燃えており、家の壁と勝手口の扉を焦がしていた。それを見た西之原は庭の方へと走り、数秒後には水の入ったバケツを手に戻ってきた。西之原がそれを火元にぶちまけるが、火は完全には消えなかった。新聞には油でも染み込ませてあるのか、火は多少弱まっただけでしつこく燃え盛っている。

 四人はそれぞれ器になりそうな物を庭で探して、庭にある水道から水を汲み、数度火元にかけてようやく消火する事ができた。そして消火が済んでから、満は消防車という言葉を思い出した。


 火災はボヤの範囲内に収まるものではあったが、西之原の家の壁は、火元を中心に痛々しく焼け焦げていた。火災は誰の目にも明らかな放火によるものであった。


「誰がこんな事……」

 その場には西之原の問いに答えられる者は誰もいなかった。

 西之原にも松村にも市原にも、放火を行った人物に心当たりはなかったであろう。だが満には、その正体こそ明らかになってはいないものの、犯人の心当たりだけはあった。

 西之原の家に火を放った者。それは恐らく、楠原を階段から突き落とし、満の家に石を投げ込んだ人物と同一人物であろうという心当たりが。

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