第23話

 結論から述べると、矢上というネックが無くなった影響もあってか、里中の暴行を動画に収めるという作戦はその後アッサリと成功した。


 矢上が理科室に現れた翌日、満は二時間目の算数の時間に宿題を忘れた中尾という男子がいびられてビンタをされる様子を撮ることに成功し、更に四時間目の社会の授業中、手紙を回していた武田という女子がその手紙を皆の前で音読され、胸倉を掴まれるという映像まで残す事ができた。あまりにアッサリと成功した為に拍子抜けした程だ。


 昼休みに、新たな集合場所に定めた体育館裏で皆で映像を確認したところ、多少のブレはあったが鮮明に録画されており、暴行の証拠として十分に使えそうであった。


 体育館から聞こえてくるボールの弾む音を聞きながら、満の胸も弾んでいた。里中を追い出せるということもあったが、それと同じくらい自分達が計画した事が成功したという事が嬉しかった。


 後は携帯で録画した映像データと、念のために真瀬田が録っていた音声データをパソコンに移し、USBメモリやCD‐ROMに焼いて、教育委員会に提出するだけだ。いや、そこまでせずとも映像を親達に見せるだけでも大きく動いてくれるかもしれない。これだけの証拠があれば里中も外面と口先だけでは誤魔化す事はできないだろう。


「いぃぃいやったぜ!!」

 敷島がガッツポーズを取ると、勝利を確信した満達も続いてガッツポーズをした。普段は斜に構えて大人ぶっている真瀬田でさえもだ。


「じゃあ、放課後はみんなで俺ん家来いよ。パソコンあるし、使ってないUSBもあるし、SDカードのリーダーも確かあったはずだから」

 西之原は設備が揃っている自分の家で仕上げの作業をしようと進言し、それが終わったらみんなでゲームをしようと言った。


 もうすぐ里中を倒せる。

 子供の力だけでも理不尽には立ち向かえる。

 自分達には何でもできる。


 そんな全能感を満は感じていた。


 それから五時間目の体育、六時間目の図工、帰りの会が終わり、満達は六人揃って西之原の家へと向かう。矢上も誘おうと松村が言ったが、矢上はいつも大島率いる犬グループと一緒に帰っているので誘うのはやめておいた。しかし、もうすぐ犬達と仲直りできる時が来るだろう。


 西之原の家に向かう途中、少し離れたところに向日葵畑が見えた。

 空は曇り空で今にも雨が降り出しそうであったが、向日葵畑では早咲きの向日葵達が咲き誇っており、遠目ながらも満はその光景に目を奪われた。そして土曜日に会った保志香の事を思い出す。

 この一件が終われば、あの向日葵のような笑顔の彼女に会いたいと、満は思った。


 途中、ポツポツと雨に降られながらも西之原の家に到着した六人は、西之原の部屋にあげられ、思い思いの場所に腰掛ける。壁には満の知らない外国のサッカー選手のポスターが貼られ、満の部屋より幾分か広い部屋の隅には、立派なデスクトップパソコンが置かれていた。


「うち共働きだからくつろいでいいよ」

 西之原はそう言って、パソコンの電源を入れた。

 パソコンが立ち上がると、西之原は満から携帯を、真瀬田からはスマホを受け取り、まずはスマホの音声データをパソコンに移す事にする。


「私のスマホの中身見ないでよ。レコーダーだけ」

「わかってるってば。これ、データどこに保存してるの?」

「マイクの形のアプリあるでしょ?」

「あるけど、アプリで録ったデータを保存してある場所だよ」

「もー! パソコン持ってるくせに機械オンチなの!?」

 真瀬田はめんどくさそうに腰掛けていたベッドから立ち上がり、西之原からスマホをひったくる。そして指を何度かタップした。


「……あれ?」

 真瀬田は首をかしげると、焦ったように何度も同じ動作を繰り返す。それを見た敷島は不満げな表情を浮かべた。


「なんだよ。何やってんだ?」

 敷島が問うと、真瀬田はスマホから顔を上げる。皆を見渡すその顔は、血の気が引いて青くなっていた。


「……データ、消えてる」


 外では、梅雨の強い雨が降り始めていた。

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