第48話

 大島の説得は西之原の熱意によりなんとかうまくいったが、大島以上に説得が難しそうなのは楠原とその一派である。


 実は楠原については満もよく知らないし、あまり話した事もない。

 楠原は普段から良くも悪くも飄々としており、イベント事等にも熱くなっているところを見た事が無い。むしろ何かに熱くなっている生徒を、いつも冷めているような馬鹿にしているような目で見ている生徒だ。


 性格は真瀬田に似ているようではあるが、楠原は真瀬田と違い時折攻撃的な部分を見せる事があり、「気に食わない」という理由で、地味目な女子に「イジり」と称して嫌がらせのような事をしているところを満も何度か目撃している。今朝程の攻撃的な行動を取るところを見るのは満も初めてであったが、どうやら中々過激な性格であるようだ。


 そんな楠原が大島との和解、いや、話し合いにすら応じてくれるかは満にとってかなり不安であった。


 しかし、大島達の説得が終わった後に、満達が楠原達に話し合いについて申し出ると、楠原はダルそうにニヤけながら、アッサリと「いいよ」と返した。


 そして、その日の放課後に教室にて話し合いが行われる事が決定した。


 説得が困難かと思われた楠原の説得がスムーズにいったのは良かったが、満はその事についてやはり何か嫌な予感を感じていた。しかし、今はあれこれ考えていても仕方がない。里中が復帰するまでに大島達と楠原達の和解が成立せねば、更に教室内が荒れる可能性があるのだ。

 満が何事も起こらぬように祈っているうちに、その日の放課後を迎えた。


 帰りの会が終わり、里中の代理であった教頭が教室を去る。そして数人の生徒達が帰って行く中、満達、大島達、楠原達、そして幾人かの野次馬が教室内に残った。

 皆は教室の中央に集まり、西之原を挟んで大島と楠原が対峙する。楠原はいつものように気怠げな目で大島を睨みつけており、大島は少し怯えたように身構えている。西之原は両者の顔を見比べて、話を切り出した。


「あー、じゃあさ。まず二人共、俺の言いたい事分かってるよね? 俺、っていうか、俺達としては……」

 すると、西之原が話を終える前に楠原が言葉を挟んだ。


「まぁ、まず土下座だよね」

「え?」

 その言葉に、西之原は眉を顰める。


「いや、こいつら私達に謝りたいんでしょ? だったらまず土下座くらいすべきじゃない?」

 それを聞いた大島が苛立ったように口を開く。


「は? なんで私達があんたに土下座しなきゃいけないわけ?」

「私じゃなくてクラス全員にでしょ。あんたらのせいでクラスのみんながどれだけ嫌な思いしたか分かってるの?」

 楠原が教室内を見渡すと、多くの生徒達が頷いた。

 この流れはマズイと察したのか、二人の間に西之原が割って入る。


「まぁまぁ! 待てって二人共! だからさ、俺が言いたいのは、二人共思う所は色々あるだろうけど、取り敢えず今はクラスの為に仲直りしてくれって事!」

「仲直りも何も私大島と喧嘩とかしてないから。一方的に迷惑かけられたから仕返ししてるだけ。やめて欲しいならちゃんと謝るのがスジじゃないの?」

 教室内から「そうだそうだ」という声があがる。

 やはり和解において問題があるのは楠原の方であった。


 しかし、楠原の言っている事にも一理ある。大島達のチクりによって里中に折檻された者は一人や二人ではない。大島にとってはクラス内の治安のためという大義名分があったとはいえ、楠原達や多くのクラスメイトにとっては迷惑であった事には変わりはないのだ。そこは大島達も理解しているはずである。


「いや、だからさ、そこをなんとか水に流してやってくれないかって話なんだよ」

「ねぇ、昨日から思ってたけど、何であんたが大島庇うわけ? はっきり言ってウザいんだけど。あんたらデキてるの?」

「そんなんじゃねぇよ! せっかく悪の根源である里中に反撃できたんだから、クラス内でモメるのはやめようって話でさ……」

「だーかーらー。それはそれ、これはこれじゃん。里中に反抗すんのはあんたらの勝手だけど、大島達を私達がどうするかはあんたらに関係ないじゃん。何クラス仕切ろうとしてんの? ウザっ。キモ」


 教室内に再び「そうだそうだ」と野次が飛ぶ。

 皆もこれまでの大島達の行動にかなりのフラストレーションが溜まっていたらしい。それはもちろん里中に対する苛立ちも含まれているであろうが、今はそれをぶつけるべき里中はいない。このままでは彼らの苛立ちは満達にまで飛び火しかねない。


 やはり和解は無理だろうと、満が諦めかけたその時だ。


「……みんな、ごめん」


 大島が、深く頭を下げた。


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