第10話
里中が教室を去った後も、満の心臓の鼓動は中々治らなかった。帰り支度を終えて教室を出る時、満は背中にクラスメイト達からの多くの視線を感じた。
満が昇降口で靴を履き替えていると、敷島が満の後を追ってきて声をかける。
「みっちゃん、一緒帰ろう」
敷島は他にも何か言い淀んでいる様子であったが、満はただ「うん」と言い、二人は一緒に帰る事になった。
学校の正門を出て、田んぼに囲まれた畦道を歩きながら、敷島は少し恥ずかしげに話しを切り出す。
「みっちゃんさ、あの時俺を止めようとしたの?」
「うん……まぁ」
満がそう言うと敷島は立ち止まり、近くにあった大きな石に腰掛ける。そして隣にある石を叩き、満にも座るように促す。満はそれに従い、石に腰掛けた。
「みっちゃんありがとう。あのままだったら俺、ババ先を刺し殺して本当に刑務所行ってたかもしれない」
「子供は刑務所行かないよ」
「じゃあ、少年院。どっちにしろ人生終わるとこだったわ」
そう言って敷島は満の方を見る。その目は涙で潤み、赤みが差していた。
「あいつマジありえねぇよ。たかが廊下走ったくらいでさ。大島の奴もマジ何様のつもりだよ」
敷島の事を里中に告発した大島も、以前から真面目ぶった振る舞いを見せており、やんちゃな敷島とはよく衝突する事があったが、それでも去年まではまだ友達と呼べる関係であったのだ。
「大島だって前はあんな奴じゃなかったのに……全部、ババ先のせいだ」
ぐすりと、敷島が鼻を鳴らす。
「俺、親父の事言われてカッとなってさ、マジ悔しかった……マジでぶっ殺してやるって思っちまった……親父はアル中だったけど、俺の親父なのに……みんなの前でバカにされて、マジ悔しいよ……ふざけんなよ」
敷島はいつのまにか泣いていた。
満は手を伸ばし、敷島の肩を撫でる。
「りゅうちゃんがあんな奴のために少年院入る事なんてないよ。それこそクソだ。あんな奴のためにりゅうちゃんが人殺しになる事ないって」
「うん……ん……ありがとう……みっちゃんありがとう……」
満は敷島が泣き止むまで、ずっと肩を撫で続けた。
しばらくして泣き止んだ敷島は、Tシャツの腹を捲り上げ、ゴシゴシと顔を拭く。そして一息つくと、こう言った。
「でもさ、今日なんかいけそうな気したよな」
「何が?」
「いや、みっちゃんがさ、ババ先におかしいって言ってくれたじゃん。あの後みんなもおかしいって言い出したじゃん」
「あぁ、うん」
敷島の言う通り、あの時満は混乱の中にありながらも、言葉に表し辛い「いけそう」という感覚を覚えたのは確かだ。
「ババ先ちょっとテンパってたよな。いつもだったらさ、反論した奴がいたら徹底して叩くのに、今日は割とアッサリ帰ったしさ」
確かにそうだ。今朝の松村の一件のように、里中は自らに僅かでも反論するものは謝るまで許さない。それが今日は憎まれ口だけ叩いて去って行った。
「もしかしたらさ、俺達がちゃんと纏まって戦えばババ先をやっつけられるんじゃないか?」
「やっつけるって、どうするの?」
「いや、なんつーかさ、具体的にはまだわからないけど、ちゃんとみんなで作戦立てて立ち向かえば、ババ先を学校から追い出すなり、もっと大人しくさせる事ができると思うんだよ」
敷島にも明確なビジョンは浮かんでいないようだが、言いたい事は満にもなんとなくは理解できた。
「なぁ、満も協力してくれるだろ? 俺達でババ先を倒すんだよ! 松村とか吉村とか、きっと女子も仲間になってくれるやついるって!」
先程の泣きベソが嘘のように、今は敷島の目に光が射していた。
「うん。もちろん」
満は微笑み、敷島と握手を交わした。
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