第11話
敷島の家がある団地の前で敷島と別れた後、満はそこから数百メートル離れた祖母の家へと向かう。満の母親は夜七時まで隣町のショッピングモールで仕事をしているため、満は学校が終わってから母親の仕事が終わるまで、祖母の家で過ごすのが平日の常であった。
因みに満には父親がいない。満が幼い頃に両親は離婚しており、満は母親に引き取られた。母親は満に離婚の原因を話さなかったが、小学五年生にもなると会話の断片や自らが置かれている状況から大体の察しがつく。母親は父親から慰謝料と養育費を貰っており、父親は満と面会しようとはしない。恐らく不倫や浮気というやつだ。しかしそれは満にとってどうでも良い事であった。満は父親の顔すら覚えていないのだから。
「おばあちゃんただいま」
田んぼと林に囲まれた古い日本家屋が母親の実家であり、満の祖母の家だ。鍵のかかっていない引戸を開けて満が中に入ると、台所から祖母が顔を出す。
「おかえりみっちゃん。アイスあるよ」
「うん。ありがとう」
満は台所の冷凍庫から棒付きのアイスキャンデーを取ると、去年亡くなった祖父の仏壇に手を合わせ、居間へ行き、ランドセルから本を取り出した。
満は本が、主に物語が好きであった。
子供向けのコミカルな物語も好きであったが、推理小説や大人向けのファンタジー物も好んで読み、特に好きなのはモンスターパニックやホラーストーリーであった。ホラーを読んだ日の夜はトイレが怖い事も多々あったが、ホラー独特の緊張感が満は好きだった。今日の昼休みに学校の図書室から借りてきたのもホラー物で、「カマキリ島」といういかにもな本だ。表紙に載っている巨大なカマキリが一瞬里中の痩せた顔のように見え、満はサッと表紙を開いた。
本の内容は、巨大なカマキリの生息する島に不時着した飛行機の乗客達が、途中仲間達を殺されながらも力を合わせて脱出を図るというベタなストーリーであったが、本を読みながら満はふと敷島の言っていた事を思い出した。
敷島はみんなで団結して里中を倒すと言っていた。
しかし、それは小説のようにうまくいくものであろうか。もしもの話だが、相手がカマキリであれば、失敗すれば殺されて喰われるという結末が見えるが、里中を倒す事をしくじればいったいどういう目に遭うのだろう。そのリスク次第では、この一年、ただグッと我慢した方が賢いかもしれない。
満はとんでもない事に火をつけてしまったのではないかと後悔し始めていた。
そこに、麦茶と菓子の乗った盆を手にした祖母が入ってきた。
「あら、また本? みっちゃんは本が好きねぇ。でもたまには外で遊ばなきゃダメよ」
「うん」
「あ、そうそう、アイスがあるんだった! みっちゃん食べていいよ」
祖母の言葉に満はハッとし、咥えていたアイスの棒を素早く隠す。最近満の祖母には痴呆の症状が出始めていた。
「アイス、貰うね」
満はそういうと、アイスの棒を隠したまま、二本目のアイスを取りに台所へと向かうのであった。
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