第62話
松村が市原を誘った事以上に満が驚いたのは、断ると思っていた市原が満達について来た事だ。
市原は元々男子と話す方ではないし、女子と話す時でさえもいつも真瀬田の背後に隠れているようなタイプだ。その市原が男子三人の集まりについてくるというのは実に意外であった。
西之原の家へ向かう道中、市原は何も言わずに黙って満達の後をついてきた。市原を誘った松村は何も思っていないようだったが、満と西之原はやはり気まずかった。
西之原の家に着くと、前に集まった時と同じく家には誰もいなかった。西之原の家は共働きで、高校生の姉は県外にある寮に入っているので西之原はいつも夜まで一人でゲームや勉強をしたり、サッカーの練習をして過ごしていると満は聞いた事がある。
部屋に通された満は、西之原の部屋での定位置であるベッド脇に腰掛ける。松村は早速菓子を広げ始め、西之原は几帳面に並べられたゲームの棚を漁り始めた。
「えーと……どうする? 四人いるからスゴロク系か対戦系か……市原は何がいい?」
「……私は何でもいいよ」
西之原は少し悩んだ末に、スゴロクをしながらお金を増やしてゆくパーティゲームを棚から取り出し、ゲーム機にセットした。
「てかさぁ、市原さんてゲームとかするの?」
真っ先にコントローラーを手にした松村が問うと、市原はおずおずと答える。
「うん。お兄ちゃんと弟がいるから。このゲームも、一個前のバージョンが家にあるし」
満には兄弟がいる事とゲームの関連性がなんとなくしか分からなかったが、どうやら一からゲームの説明をしなくて良さそうだ。
三人の菓子を市原に分けながらゲームを進めていると、市原がプレイする順番の時に選択肢が出てきた。
『イベントゾーンに入りました。誰か好きな人から一億円をもらう事ができます。誰から貰いますか?』
市原は悩みながら、一番お金を持っていた松村を選択する。すると松村はコントローラーを手放して悲鳴をあげた。
「あーっ! やられたー! 市原さん仲間だと思ってたのに裏切ったなー!」
松村の言葉に、それまでやや気まずくも和気藹々としていた空気が一瞬にして凍りつく。満と西之原は恨めしげな目で松村を睨みつけた。
「え? あ……」
二人に睨まれて、松村はようやく自分の失言に気付いたようだ。満が市原を見ると、市原はコントローラーを握ったまま俯いていた。
室内には、テレビから流れるゲームの陽気なBGMとは裏腹に、とてつもなく気まずい空気が流れる。
「い、市原さんごめん! そういうつもりじゃ……」
松村が弁解をしようとしたその時だ。
「……ごめんなさい」
市原が唐突に謝罪の言葉を口にした。
それを聞いた西之原はコントローラーを床に置くと、軽く深呼吸をして市原に問いかける。
「あのさ、市原さんはどうして俺達を裏切った……っていうか、里中の方に行ったの?」
この空気ではもうゲームどころではなかった。西之原が聞かなければ満が聞いていたかもしれない。
俯きながら言い淀んでいる市原に、西之原は更に問いかける。
「何か理由があるんじゃないか? 最初から仲間だったって感じじゃなかったし、大島達ともイマイチ馴染めてないみたいだったしさ」
すると、市原は小さく呟く。
「あのね、私……ドラッグストアで万引きをしたんだ」
市原の口から出た万引きという意外な言葉に満は驚く。ドラッグストアというと、学校からは少し遠いが、満の家からは割と近くにある町内に一軒しかないドラッグストアの事であろう。
するとそこで松村が口を挟む。
「わかった! それを里中に見られて脅されたんだ!」
市原は首を横に振り、更に何か言おうとした松村を西之原が肘で小突くと、松村は口をつぐんだ。
「そうじゃないんだけど、万引きしたところを店員さんに捕まって、事務所に連れて行かれたの。それで親に連絡するって言われたんだけど、その時連絡がつかなくて、学校に電話されたの。そしたらその電話に出たのが里中先生で……」
後は満にも大方の事は予想できたが、市原は所々詰まりながらも最後まで話した。
万引きの件は、初犯という事と、里中が店にまで謝罪に来たおかげでなんとか許してもらえたそうだが、その後が問題だったらしい。里中は万引きの件を親や学校側に報告しない代わりに、里中に反抗的である真瀬田や敷島の動向に目を配り、何かしようとしたら報告するように命じたのだそうだ。
市原の親は両親とも市原に厳しく、市原が何か悪い事をすれば激しく折檻をするので、市原は万引きの件を絶対に親に知られたくなかったらしく、仕方なく里中の言う事に従ったという事であった。
話が終わった時、市原は泣いていた。泣きじゃくりすぎて、最後の方は殆ど言葉になっていなかった。
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