第3話 初案件、というか初クエスト

 クエストの場所までは例の緑のロゴが描かれた軽自動車でグレーのトンネルをとおってやってきた。サイトウの運転で5分程度だった。このトンネルが何なのかと聞いたら「おれもよくわかんねえが、たぶん光ファイバーとかそういうやつだ」ってサイトウは言っていた。


 トンネル脇に非常ドアみたいなものが並んでおり、おれとサイトウはそのうちひとつに入った。


 畳ぐらいの大きさの長方形のタイル、というかセルが無限に並んでいる部屋だった。おいおいマジでこれSpreadsheetじゃねえか。


「ここがお前の初現場、といってもいつも研修に使ってる現場だ。緊張するこたあねえよ」


「クエスト?現場?どっちが正式名称なんですか?」


「おっとすまねえ、クエストが正式名称だ。現場っていうのは古巣のクセでな。お前みたいに広告屋出身のやつはよくって言ってるよ」


 なるほど、workerたちは死んでも仕事が忘れられない社畜の集まりらしい。


「研修現場は商業高校の表計算実習だ」


「へえ、最近は商業高校でもExcelじゃなくてGoogleSpreadsheetsなんですね。クラウド化の波すごいっすね」


 おれはサイトウと打ち解け始めていた。職能のつながりというのはおそろしいものだ。


「世の中そんなに進んじゃいねえよ。研修現場は指折り数える程度だ。ここがを使っている理由がわかるか?」


「おれたち?ああ、そうか僕らGoogleSpreadsheetsのworkerでしたね。クラウド化でGoogleAppsが普及していて企業でもExcelじゃなくてが使われるケースが増えてるからじゃないんですか?」


「夢見てんじゃねえよ。は後発だしExcelが使えるようになりゃあ基本機能は問題なく使える。標準的な用途についていやあはっきり言ってまだまだ劣っているよ。pivotなんかExcelさんの使いやすさには到底勝てやしねえ。もちろんおれたちにもセル外への演算結果の展開などの先進性もあるが、それだってスピルで追従されはじめた。Excelに対して最もおれたちが端的に優位な点、それはカネだよ」


「G Suiteって月1000円ぐらいじゃなかったでしたっけ?ExcelだったらPCによっては付属してくるし・・・」


「おめえ、恵まれた人生を送ってきたらしいな。この学校はな、設備費をケチるために生徒の個人のGoogleAppsを使わせてるんだよ。そうすればツールの利用費はタダ。PCはもちろんChromebookだ。わかるか?」


 世知辛い世の中だ。


「まあそう暗い顔すんな。ほらはじまったぞ」


 ちかくの床のタイルの隙間にインクが染み出すように黒い線が浮かぶあがっていく。入り口から壁にそって2つのセルがぼんやりと青くなった。どうやらあの入り口がある部屋の角がA1セルのようだ。A1のとなりには「売上」という文字が浮かび上がった。長方形の向きから察するにあっちはB1だろう。


 その後も文字、続いて数字が浮かび上がっていった。床の文字は少々読みにくいが東京、大阪と地域名が書かれているようだ。支店ごとの売上成績表のようなサンプルだろう。それはExcel職人としてはある種の感動すらおぼえる光景で、そのときおれは本当にSpreadsheetsの中の人になったんだなあと実感した。


「それでぼくらは何をしたらいいんですか?」


「少し待て、いつも通りならF2あたりにそろそろ来るはずだ」


 F2セルの中央からぬるりとバスケットボールぐらいの白い球体が浮かび上がり腰ぐらいの高さで浮遊し始めた。よく見るとなにか文字が書かれている。


「これが。おれたちworkerの仕事はこの関数の処理だ」


 サイトウはボールに近づき、手をのせ、腰を落とし、叫んだ。


「スゥァァアアアアアアアムッッ!!!!!!!!!!」



 ※今回の関数

 SUM https://support.google.com/docs/answer/3093669




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 この小説はSpreadsheets/Excel Advent Calendar 2018のために書かれました。

 https://adventar.org/calendars/3080


 昨日はなかひこ (id:takanakahiko)さんの「Google Spread Sheetでライフゲームを作った」でした。最後まで読んだら感動が生まれました。

 http://takanakahiko.hatenablog.com/entry/2018/12/05/232355


 明日はyone-yamaさんの「aikoを讃えるSpreadsheet + GAS」の予定です。感動の気配がしますね。


 4話は11日に公開する可能性がありますが、ぼくも技術記事書きたいという気持ちをもっていて、なんなら一本は用意してるんだけどそれはどこで発散すればいいの。次回もお楽しみに。

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