第28話 職人の仕事は進まない
「あまりにもヒマなのでヨガやってました」
交代のときにイノウエはそう言い残していった。たしかにそのとおりでヒマすぎる。VLOOKUPの1匹も見かけない。なにか裏があるのではないか、いまのうちにできることをやっておかないと後悔するのではないか。不安になってあれこれ考えたが、以下がおれの出した仮説だ。
- ユーザーは仕事をサボっている
- ユーザーはデータの出力に苦労している
- ユーザーは誰かに話しかけられたりして作業を中断している
どれである可能性もあるが、特に最後のやつは可能性が高い。おれが生きていたころもそんなことばかりだった。
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「なんか高橋の作ったExcelがなにもしてないけど壊れたんでみてもらっていい?」
同僚が不機嫌そうにやってくる。なにもしてないのに壊れるわけないだろう。だいたい壊れたってなんだ。正確に言え。
「みたところエラーはないようですがどこが壊れているんでしょう?」
「管理画面にでているレポートと数字が合わないんだよね」
はじめからそう言ってくれ。わかるわけないだろ。そう思いつつ問題の原因を探っていく。たしかに見せられた管理画面とExcelで数値が大幅に異なっている。関数を見たがそもそも列をSUMしているだけで、数式としては間違いようがないものだ。貼り付けてあるデータを見てみると、管理画面で表示してあるレポート期間にない日付のレポートが入っている。
「これ、違うデータ張ってませんか?」
「あれー、おっかしいなぁ。そんなはずはないんだけど」
はずがないかどうか知らないが、事実張ってあるのだ。人の時間を無駄にしやがって。
またこんなこともあった。
「高橋さんのExcelをマネてレポート作ってみたんですが、ちょっとうまくいかないところがあって見てもらえませんか?」
感心なことだ。ぱっとみたところ構造も体裁もきれいに整えてある。しかし集計値が出ないのだという。
=SUMIFS(配信数, 日付, $A3)
名前付き範囲も使われていていいじゃないか、と思ったがよくみるとそんな範囲は定義されていない。
「この配信数とか日付ってやつ、名前付き範囲として定義してないですよね?範囲を定義してやるか、そうじゃなかったら直接セルを参照してあげないとダメですよ」
「えー、そんなめんどくさいことしないといけないんですか。高橋さんのシート見てたら日本語で書いててもうまく動いてるからExcelってなんか勝手にいい感じにやってくれるもんだと思ってましたけど、あんまり役に立たないんですね」
生まれてくるのが10年早かったな。しかし役に立たないとはなんだ。こんなに便利なツールないぞ。使う側の問題なんだよ。
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なにも起きないシートに1人でいると、つらいことばかりが思い起こされた。毎日がそういう様子だった。そうやっていやになって絶望した結果、おれはこの世界に来たのだった。
10分仕事が中断されただけで、おれの担当の4時間にユーザーの仕事は進まなくなる。30分になれば半日、つまりおれ、サイトウ、イノウエの全員の担当時間になにも起きないということになる。
長期クエストというものはそういうものだと覚悟する必要があるのだろう。とにかくできることはない。案外ヨガをやっていたイノウエの行動は正解に近いと言えるだろう。おれは時々あたりを見回したり別の階を見て異常がないことを確認しながら、自重トレーニングをして過ごした。
交代の時間まで、本当になにも起きなかった。
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