第9話 荒ぶるSUMIFS
「タカハシィイイイ!!どけぇええええ!!!!」
さすまたをもったサイトウが凶暴化したSUMIFSに突撃する。
「ヴォオオオオオオオオ!!!!!!」
SUMIFSは雄叫びを上げながらサイトウを薙ぎ払おうと右手を大きく振る。まずい、やられる。サイトウは42のたるんだ体のおっさんだ。おれにはどうすることもできない。尻もちをついて倒れているし、運動不足の30手前の独身男性だ。どうしてこんなことになったんだ。こんな訳のわからない世界で!おれの仕事のミスのせいで!上司がいままさに死にかけている!おれも遠からず死ぬだろう。本当に申し訳ない。
ザッ。
SUMIFSの大きく開いた右手が空をきった。サイトウはそのたるんだ体からは想像できない俊敏さでSUMIFSの一撃をスライディングでかわす。と同時にさすまたでその足をはらう。バタン、と音を立ててSUMIFSが前のめりに倒れる。
「イノウエエエエエ!!!!抑えろっ!!!!」
「はいっ!」
走ってきたイノウエがさすまたでSUMIFSを上半身を取り押さえる。サイトウもすばやく立ち上がり、さすまたで立ち上がろうとするSUMIFSの腰を押さえつけた。
「グォオオオオ!!!」
押さえつけられたSUMIFSは叫びながら最後の抵抗と尻尾でサイトウを打とうとする。サイトウは打たれた尻尾をパシリとつかみ、唱えた。
「サムイフス」
SUMIFSの眼から赤い光が消えた。その体は弛緩し、ゆっくりとセルの中に吸い込まれていった。イノウエはへたりと床に座り込み肩で息をしている。サイトウはさすまたをなげだして、どこからかもってきた丸椅子に腰掛けている。おれはというと突然のアクションシーンに圧倒されてSUMIFSにふっとばされた姿勢から動けないままだった。
「関数ってこんな凶暴なんですか?マジでファンタジーの世界じゃないですか。GoogleSpreadsheets作ったやつどういう神経してるんですか。」
おれはサイトウにたずねた。
「やめるなら今だ。あとではもう遅い」
サイトウがやけに真剣な声色でいう。え?やめれるの?
「ここに青い薬と赤い薬がある」
「赤でいいですよ、赤で」
おれはここぞとばかりのサイトウの映画ネタをかわした。サイトウは残念そうだ。そもそも青い薬も赤い薬も持ってねえだろうが。サイトウとしては通じただけで満足げなようで、ニコニコしながらで喋りはじめた。
「関数のやつは基本的に複雑な操作をするものほど強力だ。これまでも見てきたとおり、SUMやAVERAGEならとどまっているだけのオブジェだ。VLOOKUPぐらいになると意思を持って動き回ったりする。で、SUMIFSだとこうなるわけよ。まあわかりやすく言うなら、処理に時間がかかっていた関数ほど強くてでかいってこったな。Excel職人ならわかんだろ?」
なるほど。そう言われると重たい関数を書きまくったときの処理の重さにも納得がいく。これまで作った重たいシートたちのことを思って少し申し訳ない気持ちになった。もっとも、Excelにも中で動いているworkerがいればだが。
「さっきのSUMIFSはなんで襲ってきたんですか」
「タカハシ、おめえ街なかで人違いで肩をつかまれていい気がするか?しねえだろ。関数たちは基本的に間違われるのを嫌う」
「たしかにそう言われるといい気はしないですね」
「そうなんだがな、SUMIFSのやつぁ特にそうだ。あいつらはおとなしいんだが実はプライドがたけえ。あんな紛らわしい見た目してやがるくせにSUMIFに間違われるとブチギレんだ」
SUMIFSたちもSUMIFのこと下位互換だって見下してたんだな。
「わかったら次から気をつけろ。時間かかってもいいから尻尾の有無を確認するんだ。関数が凶暴化してしまったら下手すっと応援を呼ばねえと手がつけられなくなるからな。そうなって困んのはユーザーさんなんだよ」
このおっさんのユーザーへのホスピタリティはいったいどこから湧き出てくるのだろうか。不思議に思っていると、部屋の隅、A列あたりにモコモコした雲のような関数が浮かび上がってきた。
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いったいおれはなにをやっているんだろう。サイトウとSUMIFSの戦闘シーンを書いていて真剣に思い悩みました。
念の為書いておきますが、今回の映画ネタはマトリックスで、モーフィアスがネオに機械の作った虚構を生きるか、現実を生きるか選択を迫るシーンです。よく考えたら明らかにこの小説の世界観は青い薬の方な気がするのですが…。
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