第2章
第8話 SUMIF否定主義者
「くっ、SUMIFのやろう、許せねえ!全員ぶっ殺してやる!」
ジブリ映画に出てきそうな手の長い人型クリーチャーを前に、おれは感情をあらわにしていた。
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おれとサイトウ、それからなぜかイノウエは当面古巣の広告業界のシートを担当することになった。
懐かしい風景。Google、Yahoo、Facebook、これをdataシートに貼り付けて、日別/クリエイティブ別/ターゲティング別とSUMIFSで集計表が作られている。会社ごとにテンプレートが異なるし、関数の使い方もシートの全体構成も異なる。
workerのおれから見ても美しいなと思えるような、見通しもよく、効率的に作られたシート。dataシートには完璧に名前付き範囲が定められていて、SUMIFSの条件の順序もすべてが完璧なルールでできている。こういう仕事がしたかったね。
かたや、みていて危うさしか感じられないシート。集計範囲の指定はA2:A1000みたいに行が制限されている。こういうシートを作っていると間違いなく元データが1000行を超えたときに間違った集計値をクライアントに提出するハメになる。集計値の集計を繰り返し、多重に参照。なにも知らずに引き継ぐと、ひょんなところでエラーが出てしまい原因を探すのに時間がかかってしまう。
しかしそんなものは序の口。なんにも関数出てこないな、ひまだなと思ったらおそろしいことに生のデータをペタペタ打ち込んでいるようなシートにもお目にかかる。効率が悪くユーザーは苦労しているはずだが、おれたちworkerはヒマである。
しかしそんなことよりSUMIFだ。こんな関数だれが使うのかと思っていたが、意外にも使われている。なぜSUMIFSを使わないんだ。
VLOOKUPとINDEX/MATCHみたいな関係性ではない。SUMIFはSUMIFSの下位互換なのだ。SUMIFは一つの条件でしか集計をできない。対してSUMIFSは一つ以上の条件で集計ができる。これだけでSUMIFを使う理由はない。
最もイライラするのは記述順序が逆になっていることだ。SUMIFSの記述様式は以下のようになっている。
=SUMIFS(合計範囲, 条件範囲1, 条件1, [条件範囲2, 条件2, ...])
条件が複数続く場合は[範囲n, 条件n]と続ければよい。一方SUMIFはこう。
=SUMIF(範囲, 条件, [合計範囲])
解説が必要だろう。まず合計範囲が任意だ。これがそもそも気に食わない。未入力の場合は範囲がそのまま合計される。2つの記述方式が両立しているようでとっつきにくい。そして合計範囲を書く場合で条件が一つのSUMIFS/SUMIFを並べると問題点が明らかになる。
=SUMIFS(合計範囲, 条件範囲, 条件)
=SUMIF(条件範囲, 条件, 合計範囲)
合計範囲と条件範囲が逆になるのだ!こんなややこしいことがあっていいのだろうか。まったくもって許せない。
そんなSUMIFとSUMIFSだが、workerとして対峙したは驚くほど似ている。ジブリっぽい手の長い人型、黒い穴のような目があるが顔のパーツはそれだけでのっぺらぼう。そしてSUMIFSにだけは後ろで50センチぐらいの尻尾がくねくねと動いている。
基本的にはおとなしいやつらだ。セルからほとんど動かない。処理しようとするとジリジリ後ずさっていくが、踏み込んで一気に距離を詰めれば容易に処理できる。
問題があるとすれば、こいつらは周囲のworkerのことを意識してゆらゆらと揺れながら常に正面を向いてくることだ。つまり尻尾が体に隠れてSUMIFSなのかSUMIFなのかすごく見分けにくい。
何体か処理して慣れてきたつもりだった。
「サムイフッ!」
普段なら関数が吹き飛んで倒れ、そのままセルの中へ消えていくはずだったが、吹き飛んで倒れたのはおれのほうだった。
起き上がって前を見ると、SUMIFだと思ったやつは背中で丸めた尻尾を隠していたSUMIFSだった。様子がおかしい。目の奥が赤く光り、のっぺらぼうのはずの口が裂けて開いている。腰を落として今にも襲いかかってきそうだ。
SUMIFS、おれの大好きな関数。それがいま、ほぼほぼ文字通りの意味でおれに牙を向いている。おれとSUMIFSを引き裂いたSUMIFのことを、おれは絶対に許さない。
※今回の関数
SUMIF https://support.google.com/docs/answer/3093583
SUMIFS https://support.google.com/docs/answer/3238496
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新章突入、トレーディングデスク編です。SUMIFが許せないのは作者の自己投影です。
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