第64話 選べ

 目を開けると黒いタイツを着た顔色の悪い女がいた。髪の毛は逆立っているし目は赤く光っている。


「IMPORTRANGEですね」


 イノウエがつぶやく。


「この広さだ、厄介だぞ」


「どういうことですか?」


「教えたはずだが奴は他のシートからデータを引っ張ってくる関数だ。そしてこれだけだだっぴれえシートが用意されてるってことは、かなり大規模な範囲のデータが対象になってるんだろう」


「なるほど。その範囲が大きいほど、IMPORTRANGEは強い、と」


「そういうこった。勝てないとわかったときはさっさとずらかる。そのつもりでいろ。運が悪けりゃあいつ一体でここが崩れるからな」


 IMPORTRANGE、説明を聞いたときは便利だと思っていたが、その分おれたちにかかる負荷も大きいってことか。入院は避けられればいいんだが。そんなことを考えていると、IMPORTRANGEがこちらに気づいた。


『選べ…』


「え?え?」


 頭の中に野太い声が直接入ってきた。サイトウとイノウエは平然としている。おれにだけ聞こえてるのか?


「あ、気にしなくていいですよ。いつものなんで」


「おめえ、まさかゴーストバスターズ見てねえなんて言わねえよな」


「す、すいません。小学生ぐらいのときに見たとは思うんですが、あんまり細かいシーンはおぼえてなくて」


「ちっ、なんだよ。しょっちゅう再放送だってやってんだろうが…、まあいいや。あいつはこれから戦う姿を選べって言ってんだよ。恐ろしいもの、不快なものを思い描かせて、その姿に変身するってわけよ」


 恐ろしいもの、不快なものか、正直うまれてこの方都会ぐらしだったので、そんなに身近にそういうものなかったんだよな。強いて言うなら…。


「とりあえずおめえは何も思い浮かべるな、おれがいつも…」


『選択はなされた…』


「おいちょっと待て、イノウエおまえか?」


「あ、すいませんボーッとしてて何も考えてませんでした」


 空間がねじれてIMPORTRANGEの身体はそのねじれの中に吸い込まれて消える。


「おい、タカハシ、おめえ何を思い浮かべた?」


「あ、いや、恐ろしいというか不快というか、そういうわけではなかったんですけど…」



 ッドン!!



 さきほどまで女の姿のIMPORTRANGEがいた場所に、重たい何かが高速で落ちてきた。錯覚かもしれないが、床が波うつように揺れておれは尻もちをついた。


「痛てて、なんなんだ」


 体勢を立て直しながら見ると、ああ最悪だ。転生させられてSpreadsheetの中にきてまであいつの姿を見なくちゃいけないなんて。サイトウよりもさらに一回り大きくたるんだ腹の肉がスーツのベルトにのっかっている。白いシャツに首元には締めきらないネクタイ。やや後退して薄くなった頭もあの気に食わない目つきもやつそのままだ。


「え?なにあの太ったおっさん?」


「なんだよ、ゴジラの新しいやつとか出てきたらどうしようかと思ってたが、拍子抜けだな。なんだあいつは?」


「あれは…山下部長です」

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