第11話 ラノベ的展開への期待

「サイトウさん!タカハシさん!ユーザーさん待たせてられないですからね!さっさと処理していきましょう!!」


 出会って以来、見たことのないポジティヴな姿勢でイノウエが仕事に向かっている。その原動力は明らかにIMAGE関数が表示したBL(ボーイズラブ)マンガの広告だ。


「サイトウさん、いわゆる腐女子ってやつでしょうか…」


「わけえ女の趣味はおれにはわからねえよ…」


 戸惑うおれとサイトウに構わず、イノウエは元気いっぱい近くのIMAGE関数に向かって走っていく。IMAGE関数の浮遊する位置はやや高く、小柄なイノウエの身長では届かなそうに見える。


「くらえっ!イメーッジ!!!」


 身長差は情熱で埋められた。浮遊するIMAGE関数に、イノウエはバレーボールのアタックをキメた。IMAGE関数はボコッとへこんで高度を落とす。イノウエが着地してしゃがみ込むと同時にズドンッと雷がセルに落ちる。その姿はさながら戦隊モノのヒーローのように華麗だった。残念ながらおれたちExcel戦隊Spreadsheet workersにはグリーンしかいないわけだけれども。


 イノウエが処理したセルにマンガらしき画像が浮かびあがった。


「チッ」


 イノウエが舌打ちする。よかった、今回は露出描写ナシだ。


「もういっちょ!!イメーッジ!!!」


 気を取り直したイノウエが次のIMAGE関数にアタックする。が、IMAGE関数の浮遊位置が高くイノウエの右手は空を切った。勢い余ったイノウエはおれとサイトウに尻を向けて倒れる。口直しだな、とおれは心の中で思った。


「タカハシ、お前やれ」


 たしかに、おれがジャンプすればなんとか届きそうだ。軽くアキレス腱を伸ばし、屈伸をして走り出そうとしたとき。


「だめですっ!!!!!!」


 イノウエが起き上がって叫ぶ。


「わたしに…、この関数はわたしにやらせてくださいっ!!わたしじゃなきゃだめなんですっ!!!!お願い…、お願いしますっ!!!!!」


 サイトウがおれに耳打ちする。


「なんつうのかな、みたいなもんだな」


「…言いたいことはわかりました」


「まだ余裕はある。あいつにやらせてやろう」


 サイトウが親指を立ててイノウエに微笑んだ。イノウエは職務上の承認、そして趣味、すべてが満たされ、そして笑顔で浮遊するIMAGE関数たちに向かっていった。








 ジャンプを繰り返すイノウエを無言で眺めて5分ほど経過した。はじめのうちは低めの位置にあった2つほどをぎりぎり指先でかすめ処理することに成功した。その後は健気なジャンプを眺めるばかりだった。さすがにあきらめたのか、イノウエがこちらに走ってきた。


「て…、手伝ってくださいっ!!!」


 手伝うっていったってどうやって?と考えたおれの頭を妄想が支配した。GoogleSpreadsheetsのworkerとして転生して以来、ライトノベル的な展開への期待はことごとく裏切られてきた。魔法使いも戦士もヒーラーもなかったし、経験値もレベルもなかった。イノウエには一瞬期待を抱いたが例の神学論争以来、お互いの思想信条には踏み込まないビジネスライクな同僚としての付き合いを続けている。しかしそのイノウエが手伝えと言っている。いまこの状況において手伝う、というのは具体的にどういう行為を指すのか。状況を整理しよう。


 - イノウエはIMAGE関数に直接手を下したい

 - イノウエの身長ではIMAGE関数には手が届かない

 - イノウエは助けを求めている


 おれは肉体的接触、それが直接的な事象かアクシデンタルにおこるものかはともかく、そういう予感にゴクリとつばを飲んだ。


「タカハシ、車に脚立あるから取りに行くぞ」


 おれの期待は裏切られ続けている。




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 はじめはおっかなびっくり書いていた転スプですが、だんだんと文章に遊びをつける余裕が出てきた気がします。個人的には楽しくなってきているのですが、なにか致命的に書き方がおかしいなどあればご指摘ください。

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