第32話 処理の限界について

「ほんとビックリしましたよ。クルマで寝てたら血まみれの二人が帰ってきて。タカハシさんはたぶんあの時点でもうほぼ気絶してましたね。すぐ床に倒れてました」


 そうだったのか。脚を刺されたぐらいからもうなにもおぼえていない。


「ご迷惑おかけしました。サイトウさんは大丈夫なんですか?」


「え?気になっちゃいますか?サイトウさんのこと」


「いや、普通気になるでしょ。病院に趣味を持ち込まないでください」


「チッ…まぁいいか。サイトウさんはタカハシさんよりも重症だったみたいなので、まだ寝てるんじゃないでしょうか。でも無事ですよ。workerにはよくあることだし、サイトウさんは怪我には慣れてます」


「起きたらお礼にいかないと。サイトウさんに助けられなかったらやばかった。あの人なんであんなに強んでしょうね」


「私、あの人が建設会社っていうのは嘘で、本当はヤクザの総務だったんじゃないかと疑っているんです」


 ありえる。建設会社っていう言い方もそれっぽい。しかしヤクザの総務でExcel職人ってどういうことなんだ。なんの目的でExcel使ってるんだ。裏帳簿とか?まさか殺しのリストか?



 ガチャリ。


「おう、起きてたか」


「ひゃあ!私なにも言ってませんよ!!」


 身体の6割ぐらいに包帯を巻いたサイトウが松葉杖をついて入ってきた。確かにおれより重症だが、もう歩いてやがる。


「なんの話だ?まぁいいや。タカハシ、調子はどうだ?」


「おかげさまで生きてます。ありがとうございました」


「仕事だからな、いいってことよ。イノウエもありがとよ。ほとんど寝てねえ中、車運転させちまったな」


「いえいえ、寝れないのは慣れてるので大丈夫です!!」


 あそこからイノウエの運転で帰ってきたのか。ほとんど寝てなかったのにこいつも大変だったんだな。運転が不安すぎるけど寝ててよかった。それにしても帰ったってことはクエストはどうなったんだ?


「あの…、クエストは、ユーザーさんはどうなったんですか?」


「ああ、ユーザーさんには力不足で申し訳ねえな。あのファイルは壊れちまった。ユーザーさんにはブラウザがクラッシュしたように見えてるよ。おれたちが関数を処理しきれなくなったとき、そうなるんだ」


「…そうだったんですね、心苦しいです」


「仕方ねえ、物事には限界ってもんがある。Excelさんと比べるとおれたちの処理能力はどうにも足らねえってことが多いんだ。workerの数も十分とは言えねえしな」


 Excelでも処理しきれなくなって強制終了しないといけなくなることがあったが、そういう状態のようだ。


「あのユーザーさんはどうするんでしょうか?」


「どうだろうな。データを減らすか、ファイルを分けるか、Excelさんに戻るか、もうちっと書き方を考えてくれたら処理できねえこともなかったと思うんだが、まぁそれはユーザーさん次第だ」


「そうですね。でもああいう関数の書き方は僕もExcelでよくやっていました。どうすればぼくらに処理できたんでしょうか」


「そうだな。IFERRORやIF/ISBLANKで空白行に対応するのはよくあるやり方なんだが、データがない行にも関数が大量に出現して処理に困るのが問題だ」


「でもそうしないとデータを張り替えて増えたときに集計漏れが起きたりしますよね」


 空白行を想定した関数の書き方をしておくのは、データを張り替えて行が増えたときのためだ。十分に関数を書いたセルを用意しておけば、関数列に触れなくても集計漏れが起きることはない。逆にそういった考慮がないと、データを張り替えたときに毎回関数のセルを増やすオペレーションをしないといけなくなる。これを忘れて間違ったレポートを提出するのはトレーディングデスクの新人の通過儀礼みたいなものだ。


「おめえもExcelの発想が抜けきらねえやつだな。ARRAYFORMULAを使ってくれりゃあいいんだ」


 なんだ?また聞いたことない関数だ。

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