第20話 エラーの理由

 おれはREPLACEの後ろに回り込み、1体を後ろからナタで突いた。この高枝切りバサミは伸縮式で伸ばせば3メートルになる。これなら刺毛の射程には入らない。狙い通り1体の注意がおれにむき、こちらのほうに近づいてきた。もう1体はイノウエのほうへかわらず進んでいる。それにしてもこいつら目でもついているのだろうか、どうやってこっちをみてるのかさっぱりわからない。


 そのまま適度に注意をひきつつ、作戦通りH列まで1体を引き離すことができた。イノウエのほうに目配せすると、イノウエはうなずいてこちらに来るよう合図する。おれは1体のREPLACEを残しイノウエともう1体のほうに走った。


「ありがとう。順調ですね。まずはこの1体から」


「このあとの作戦はどのように?」


「武器は短くしておいて。その長さじゃ切れないです」


 たしかに。3メートルは敵の射程に入らずに済むが、一方で動き回るトゲをナタで落とすには長くて扱いにくい。おれは高枝切りバサミの柄を縮めた。


「それでこのあとは?」


「刺されないように気をつけながらトゲを切り落とします」


「それはもうおっしゃる通りなんですが、なんといいますかうまくいくための作戦とかTIPSみたいなものとかはないでしょうか?」


「んー、もう1体ずつ戦えるようにしたのでてきとうでよくないですか?」


「いやあのトゲ怖いですよ。刺されたら危ないでしょ」


「原作では毒があるけどあいつにはないから大丈夫」


「毒!?原作は毒があるんですか。いやいいや。毒がなくてもあのトゲ結構鋭いですよ。刺されたら…」


「血が出ます」


「血は出たくなくないですか?」


「あーもーうるさいなあ、じゃあ囮作戦!タカハシさんが囮になって射程に入って攻撃を受ける。受けたら筋肉を締め上げて抜けないようにしてください。そこを私がバサリ、これでいいですか」


「そんなアクション漫画みたいな真似はできません」


「タカハシさん、あなたはもう普通の人間じゃない。GoogleSpreadsheetsのworkerなんですよ」


「それはそうですけど、特に体力は変わってないですよ。高枝切りバサミをもったただの成人男性です」


「まあ避けてもいいや、とりあえず囮になってください」


 聞くんじゃなかったとは思ったが、刺毛が出てきたところでないと攻撃はできないのでカウンターを狙うしかない。合理的といえば合理的だ。各個撃破といい、イノウエは作戦についてはマトモだ。きつい役回りが常におれということを除けばだが。


 おれはREGEXREPLACEの眼の前に立った。




 一瞬、間をおいてREPLACEが刺毛を打ち込んでくる。思ったより早い。やばい。死ぬ。



 反応はできなかったがトゲはおれの少し左側の空を刺した。あまり狙いは良くないらしい。



「やあああああっ!!!!!」



 あぶねえ。イノウエが斜め右後ろからおれの目の前にナタを振り下ろした。肝心のREGEXREPLACEにはまったくかすってもいない。こちらも狙いは良くないらしい。



 REPLACEはするすると刺毛を巻き戻す。刺してから回収まではあまり早くはない。焦らずカウンターを狙えばいけるだろう。ただし、もう一体のREPLACEがじりじりと近づきつつある。時間はかけられない。


「もう一度。次は避けずに受けてください」


「いや、そもそも避けてもなかったですよ」


「じゃああたりにいってください」


 イノウエが無茶苦茶なことを言っている。なぜそんなに体を張らないといけないんだ。そう思っていると次の一撃がきた。速さがわかっているので落ち着いて見える。トゲはおれの足元の床にあたって滑っていった。


 あれ、これはチャンスでは?そう思って刺毛を踏みつける。巻き戻そうと力がかかるが大したことはない。


「ぇええええええい!!!」


 イノウエが刺毛の中央を叩き切った。切られた刺毛はシュッと巻き戻ったが、そのまま動かずおとなしくなった。無力化できたようだ。


「ナイスでした。次いきましょう」


 実のところREGEXREPLACEが攻撃を外し続けただけだったのだが、まあいいや。



 イノウエとふたりでもう一体のREGEXREPLACEの前に向かう。同じ要領で落ち着いてカウンターを狙えばいけるだろう。希望的観測だがこいつらの狙いはよくない。


 ザッ


 身構えたところをREGEXREPLACEの刺毛が飛んでくる。やはり狙いは悪い。避ける間もなく右にそれていった。が、後ろから大声。


「いっっ痛ぁあああああああああ!!!!!!!」


 ふり返るとイノウエが右肩を抑えていた。おれからは外れたが、運悪く後ろのイノウエにあたってしまったようだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 イノウエは黙っている。まずい。REPLACEは刺毛を回収しはじめている。


「とりあえず下がってください。次が来ます!!」






 次は来なかった。イノウエがキレた。


「こぉんのクソ関数がぁあああああああああ!!!!!!!」


 イノウエはREGEXREPLACEに全力でタックルし押し倒した。根をはっていないと木も倒れるようだ。表情のないREGEX関数だが、驚き戸惑っているのが見えるようだった。


「てめえぇ、ふざけんなよ!!!先読み後読みもマッチできねえくせにエラソーにあばれてんじゃねえよ!!ぶっ殺すぞ!!!!」


 イノウエは力の限りREPLACEの幹を踏みつけ、蹴り、罵っている。不憫だ。やめてくれといわんばかりに頂上付近の枝が刺毛がしまわれている壺状器官を覆っている。


「中途半端な表現しか使えねえからそうやってエラーになって暴走すんだろ!!いつになったら先読み後読みできるようになるんだよ!!あああ!?」


 見ていられない。おれはせめて楽にしてやろうと刺毛のトゲを切り落としてやった。



 *******************


 REGEX関数は先読み、後読み・否定肯定を使えない。これが現時点の大きな弱点です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る