第67話 もはや山下部長ではない

「イノウエっ!まだだ!!」


 サイトウが叫び、イノウエは山下部長のほうを向き直ったが遅かった。部長の切り落とされた腕と首からは黒光りする両生類のような肉の枝がうごめき、絡み合い、丸太のように太くなったそれはおそろしい速度でイノウエに突撃した。


「ぐはっ!!」


 イノウエは大きく吹き飛ばされ、C20セルあたりまで転がっていった。


「わかってるとおもうが、あれを人間だと思うな。あれは関数だ。それも強大な。見た目に惑わされるな」


「は、はい…」


 山下部長は人の形を取り戻し始めている。


「おめえはイノウエを助けて車まで戻れ、あとなんか武器もってこい」


「なにが効きますかね」


「わからんっ!さっさといけ!」



 おれはイノウエを担いで、山下部長に警戒しながら外に出た。



 ###########


「さて、どうすっかな」


 サイトウは山下部長を前に考えていた。


 IMPORTRANGEの処理は大仕事だ。いつも例のマシュマロマンに仕立て上げる。慣れたものだ。他のやつが想像したときもパターンは決まっている。たいていはでかい蜘蛛とか蛇、明らかにモンスターっぽい翼の生えた爬虫類、もしくは刃物を持ったピエロとかそういうのを思い浮かべる。そいつらの処理は楽ではない。だがそれは見た目通りのことだ。


 この山下とかいうおっさんはどうにもやりにくい。まず人間味がありすぎる。タカハシやイノウエは容赦なくやっていたが、正直若者の狂気を感じる。おれとしてはさほど年代も変わらない、この容姿の汚い哀れな男を殴るのは気が引ける。


 それでいてさっきからの怪物じみた動きだ。まるで予想がつかない。通常、手強い関数というのは見た目で動きの予想がつく。口がでかくて牙が鋭いやつなら噛みつかれるのに注意すべきだし、翼があればたぶん飛ぶ。ARRAYFORMULAが憑依したROWだって、見た目からして超能力みたいなことをやってくるのはすぐわかる。それがこのおっさんの場合はなにもわからない。見た目が明らかに人間なわりにまるで知性は感じないし、攻撃に使ってきたのはネクタイや切断面であって、手足は飾りのように役に立っていない。


「ま、考えても仕方ねえか」


 サイトウはサバイバルナイフを握りしめた。


「タカハシとイノウエが世話になっております。おれはサイトウといいます。山下さんよお、中年同士ハラ割ってやりあいましょうや」


 山下部長もこたえるように膝に手をおき、45度のお辞儀。


「なんだよ、ビジネスマナーってやつがわかってんじゃねえか」


 サイトウがニヤリと笑ったその刹那、身体を微動だにしないまま部長の首がサイトウに向かって飛びかかる。横っ飛びでかわしたサイトウをずずいとさらに首を伸ばしながら部長の頭が追いすがる。その口は大きく裂けて黒い虚無が覗いている。


「前言撤回だな。本題に入る前にアイスブレイクをはさめって習ってねえのか?」


 振り返ったサイトウは、食いかかる部長の頭を首からスパンとナイフで刎ねた。山下部長の頭はだらりと溶けて形を失う。次の瞬間、サイトウの視界が反転。黒く伸びた部長の腕がサイトウの足を掴み宙吊りにしていた。頭を落とされた首の内側から肉が裏返り、再び頭の形を成しサイトウに牙を剥く。


 サイトウはさして動揺することもなく、手榴弾のピンを抜いて山下部長の身体に放り投げる。


 ヅォオオオオオオン!!


 ビチビチと黒い肉が飛び散る。サイトウを吊り上げていた手は力を失い崩れた。着地しながらサイトウは煙のに目を凝らす。腰から上を失った山下部長の下半身がすたこらと逃げ出てくる。


はそっちか」


 部長の腰から黒い肉の腕が何本も蠢き出てくる。人間の体の形を成すこともなく、それらはサイトウに伸びていく。しぶといな、サイトウはこのIMPORTRANGEの参照範囲の大きさを測りかねていた。小規模な範囲の参照であれば、もう出涸らしになっているだろう。おそらくは6桁以上のセル数だろう。寄ってくる黒い腕を刻み続けるがキリがない。こちらは手一杯だが、関数の本体は山下部長の形を取り戻しつつある。でっぱった腹から何本も黒い腕を吹き出していることを除けば、だが。


「キリがねえな」


 サイトウがそうつぶやいたとき、山下部長の体が炎に包まれた。


 燃え崩れた山下部長の後ろには殺虫スプレーとライターを構えたタカハシがいた。

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