第52話 エビデンス
部屋にはいると、なにか違和感があった。いつものクエストとなにかが違う。なんだかいつものシートが窮屈に感じる。
数秒考えて気づく。このシート、方眼紙だ。
通常、GoogleSpreadsheetsのセルは縦21ピクセル、横100ピクセルの長方形になっている。Excelでもそうだが、表計算のセルというのは横長が基本だ。セルにはちょっとした文章をいれるときもなくもないが、基本的にはデータを書き込む。数字や人の名前などいろいろあるが、セルの大きさというのは簡潔なデータなら収まりがいい程度の縦横比になっている。
方眼紙というのはこれとはまったく思想が異なる。特に役所などでよく利用されていると言われているが、セルを全て長方形にし、1マスに1文字を入力する用途で用いられるものだ。
この方眼紙はExcel職人のあいだではひどく評判が悪い。しかしそれは無理のないことだ。Excel職人の仕事は関数を駆使してデータを料理することだ。その大切なデータも、方眼紙の上に乗せられれば意味を持たなくなってしまう。タカハシ、という4文字はおれというworkerを表すデータだが、タ/カ/ハ/シの4文字のカタカナにそれぞれ意味はない。もっともこの方眼紙を専門に扱う職人もいるらしいのだが、おれは仕事柄出会ったことがない。
「おかしい」
サイトウがつぶやき、あたりを見渡す。
「やけに静かだ。こんなところにフィルタ関数が出るとは思えねえな…。どうなってやがるんだ」
おれもあたりを見渡す。いつもよりせまいシートの中には関数の1匹もみあたらない。
「なにもおきませんね」
そうおれがつぶやいたとき、あたりの景色が変わった。
辺り一帯のセルになにかの画像がでたようだが、大きすぎて全体像がつかめない。
「え?IMAGE関数?誰も処理していませんよね。一体なにが」
バタリ。なにかが倒れる物音がした。振り返るとイノウエが倒れていた。おれとサイトウが駆け寄る。
「エ…、エビ…」
「大丈夫ですか。えび?朝食べた海老にアレルギーでも?」
「いやだ、もういや。エビ、エビデン…ス…」
イノウエは気を失った。なにが起こっているっていうんだ。
「おい、帰るぞ。イノウエを担げ。ここにおれたちの仕事はねえ」
おれとサイトウはイノウエの肩を担いでシートを出た。去り際に見た例の画像はなにかパソコンの画面のようだった。
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「ちっ、事務の野郎、しくじりやがったな」
「なんなんですか、今のクエストは」
「ありゃあ、エビデンスに使う方眼紙だ」
「はい?」
エビデンス?証拠?なんのことだ。
「なにから説明していいかわかんねーが、おめえ、システム開発については詳しいか?」
「いえ、まったく。SEというとなんだかブラックな印象しかないですね」
「そうだな、エビデンスってのはそのブラックの一因とも呼ばれているやつだ。イノウエが倒れたのもきっと昔のトラウマのせいだろう。あいつがここに来る前は受託開発のSEをやっていたらしいからな。おれの職場もいいもんじゃなかったとは思ってたが、あいつは休日返上で一週間家に戻れないなんてこともざらにあるような職場だったらしい。しかもやってる仕事がエビデンスづくりじゃ救われねえよな」
イノウエは後部座席で寝ている。特に頭を打ったりの外傷はないようだ。
「それでエビデンスってなんなんですか」
「簡単に言えば
システム開発ってそんなめんどくさいのか?想像もつかないぞ。
「画像はるならWordとかPowerPointのほうがいいんじゃないでしょうか。それに方眼紙にする必要がどこにあるっていうんですか」
「おいおいおい、おれに聞くなよ。おれだって他のworkerから聞きかじった程度だが、みんなまともに答えようとしねえんだよ。一つだけ言えるこたあ、こんな現場で関数なんかでやしねえってこった。今日の仕事はおわりだ。帰るぞ」
そう言ってサイトウは車のエンジンをかけた。詰め所に帰ってイノウエを医務室に預け、まだ早かったがおれとサイトウはビールを飲んで予測を外した事務員に文句を垂れ続けた。
※参考文献
いまだはびこるExcelスクショ | 日経 xTECH(クロステック)
https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/14/346926/022400848/
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