第37話 ARRAYFORMULAとの退屈な戦い

「タカハシはうまくやれたようだな」


 VLOOKUPを処理し、疲れて座り込むタカハシを見て、サイトウは少し安心した。一方サイトウが対峙する暴れる妖怪大木、FINDを片付けられていなかった。タカハシの様子が気になって、いざとなったらなにか投げつけて助けるつもりで集中できなかったこともあるし、なにより実のところこのFINDのような相手はサイトウは得意ではない。


 バサリ。


 と、振り下ろされる枝をかわして、カウンターにサイトウが一撃、バットで突く。


「ファインド!…ちっ、まだか。めんどくせえ」


 勝てないわけではない。負ける気などまったくしない。もう6年、こうやって関数を相手に毎日戦っているのだ。それもただの6年ではない。ここでの1時間は現実の1日に相当するのだ。24倍の時間、144年の体感時間をサイトウは戦い続けている。何かを悟って人間を超越した精神・思考を手に入れてもおかしくないような歳月だが、サイトウは自覚の上ではこれといって特別ななにかを得ることもなく、ただ関数の処理に明け暮れてきた。多すぎる関数や放置されたエラーが手に負えなくなり、撤退を余儀なくされることはあるものの、1体1で勝負して危うい目に合うことなどもはやない。先日怪我をしたのはタカハシをかばったからに他ならないし、そのようなことだってサイトウにとって日常の域をでないことだった。


 ただサイトウは一進一退、長期の攻防戦というのが気に食わないのだ。とにかく押し倒し、手足の自由を奪い、無力化して畳み掛ける。ARRAYFORMULAが取り憑いた関数のように何度も関数名を叩き込まないといけないやつはいくつかいるが、それにしたってスタンスは変わらない。さっさと動きを封じて一気に処理を終わらせる。そういうのがスカッとする。ただこのFINDはいかんせんでかい。でかい関数を倒すのも難しいし、全身を抑え込んで無力化もやりづらい。なので仕方なくさっきから1発ずつちまちまと殴っている。植物型のFINDには痛みの概念もなく、ダメージが蓄積される様子もない。もうさっきので5発なのだがまだARRAYFORMULAはでてこないのか。


「ハァ…、ナタを持ってくるんだった。枝をぜんぶ切り落としてやりてえ」


 ため息をつくサイトウに対して、FINDは構うことなく大上段から枝を振り下ろしてくる。サイトウは難なくそれを叩き落としながらタイミングを合わせて唱える。


「ファインド」


 まだ終わらない。続けて幹に正面からバットを叩き込む。


「ファインド」


 まだなのか。FINDの足を踏みつけて唱える。


「ファインド」


 いいかげんにしてくれ。サイトウはFINDの足を何度も踏みつけて唱える。


「ファインドファインドファインドファインドファインドファインド……」


 FINDはもはや抵抗もしない。





「アレイフォーミュラ」


 FINDの影から声がした。FINDがすっとセルに吸い込まれて消える。


「あ、すいません、うしろからARRAYFORMULA出てたんで処理しておきました」


 消えたFINDの後ろでタカハシがそう言った。


「お…、おう。ありがとよ」


 サイトウは釈然としない気持ちでバットを下ろした。

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