第2話 この世界はあまりにも悲しい

 不条理にも程がある!そんな悲しいことがあっていいのか!つらい!つらすぎる!


 裁量労働制という残業代がつかないシステムを知ったあの日の絶望も、終電を逃してタクシー代を自腹で払って家に帰ったあの日の虚しさも、この不条理とは比べようがない!


「GoogleSpreadsheetsは燃え尽きたExcel職人の魂で動いているんだ」


 おっさんはおれにその悲しすぎる事実を告げた。


 たしかにおれは燃え尽きたのかも知れない。しかし燃え尽きてなおSpreadsheetsの中で生かされ、働かされるのか。


 おっさんだってそうだ。飄々とふるまっているが、前職、いや前世ではおれと同じように理不尽に耐え、残業に耐え、生きて、そして絶望して死んだのだろう。しかしいまこうやって2人でExcelカラーのへんなタイツを着て、Excel風のタイル貼りの部屋で顔を合わせている。悲しい!あまりにも悲しい!


 なにが"Don't be Evil"だよ!死者の魂でサービス運営するなんて、邪悪というかガチ邪法じゃねえか!法律も倫理もすっとばして世界のことわりに反してやがる。


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 おっさんは呆然とするおれをworkerたちの詰め所につれていった。詰め所にいたのは50人ぐらい。若いやつはおれと同じぐらいで20台後半ぐらい。年寄りはほとんどいなくて50台ぐらいのおっさんがたまにいる。男女比はやや男が多いぐらいか。こうしてみると会社の風景みたいだが、全員が例の全身緑のExcelタイツを着ている。異様な光景だが、みんな何食わぬ顔でコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしている。


「つらいよな。でもな、まわりを見てみろよ」


 つらいのはおれだけじゃなってことか?そんなことはわかってる。おれはこの世界そのものが悲しいんだ。


 おっさんは笑顔で意外なことを言った。


「みんな楽しそうだろ?」


「えっ」


「Excel職人なんてのはどこにいたって孤独なもんだがな、ここでは違う。仲間がいるんだ。あっちの3人組を見てみろよ」


 ノートPCを囲んでキャッキャと騒いでいるおれと同じぐらいの年の男3人だ。Youtubeでもみてるのか?


「おれにはよくわかんねえんだが仮想通貨ってやつの相場予測のSpreadsheetsを最近作って遊んでいるらしいぜ。あいつらは元々銀行とか金融関係の会社にいたらしい。生きてた頃はだれにも相談できずに1人でExcelと向き合っていたが、いまじゃああやって遊ぶ仲間がいる。いいもんだろ?」


 いいのか?たしかに楽しそうではあるけど。


「それからあっちで言い合いをしてるやつらな。ありゃあVLOOKUPかINDEXとMATCHの組み合わせのどっちがいいかの議論だな。まあ神学論争ってやつだ」


 そりゃあVLOOKUPに決まってんだろ、と思って少し加わりたい自分に気づいた。そんな議論ができるような仕事仲間はこれまでいなかった。


「連日飽きねえもんだよ。おれたちの仕事じゃあどっちが好みだなんて言えやしねえんだけどな」


 どういうことだろう。まあそのうちわかるのか。気になってきた。


「おめえさんもどうせ職場じゃ孤独に関数書いてたし、嫁さんだっていなかったんだろ?」


「ど、独身で何が悪いんですか!!」


「からかっただけじゃねえか、そう怒るなよ。仲良くやろうぜ」


 どうやらここは天国ではないが、かといって地獄でもないらしい。Excel職人の魂でGoogleSpreadsheetsが動く意味はわからないが、とにもかくにもおれは転生先でも仕事をしなくてはならないようだ。仕事なら仕方ない。おれは諦めて第二の会社員人生をスタートさせた。


「わかりました、これから新米workerとしてがんばります。ぼくの名前は」


 おれが名乗ろうとするとおっさんが手で静止する。


「おっと名前はナシだ。程よい距離が保てる」


 おっさんとは本当に趣味が合いそうだ。


「ゾンビランドですね」


 おっさんがニヤリとわらった。


「冗談だ。サイトウでいいよ。当面はお前のメンターとして面倒を見てやる」


「タカハシです。よろしくおねがいします」


「そんじゃあ初仕事だ。理屈を説明するのは難しいがだがやってみりゃわかる。ついてこい、タカハシ。クエストに行くぞ」


 やっぱり異世界転生じゃねえか。そう思いながらサイトウのあとについて詰め所から出た。


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 この小説はSpreadsheets/Excel Advent Calendar 2018のために書かれました。


 https://adventar.org/calendars/3080


 昨日はみくた(@s092444)さんの「関数初心者がとあるニコ生主の配信履歴表を作ってみた」でした。

 https://hogehoge0919.hatenablog.com/entry/2018/12/02/000627

 Excel職人の芽生えが垣間見えます。


 明日はmiyayuki7さんの「映画の視聴記録について書くつもりです」、の予定です。


 6日にもAdvent Calendarには空きがありますが、技術記事のストックがあるため、この小説の続きはたぶん11日になるとおもいます。そのさき空きが続いており、心が折れないか不安なので誰かCalendarの登録して技術記事を書いてほしいと切に願っています。

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