第17話 鋼鉄の装甲兵団(前編)

「ど、どうして……あなたがここに? というか、どうやって入って来たんですか!? だって……」


 暗闇の中から僕たちの前に現れたのは全く予想外の人物、石上怜の姉の石上紗耶だった。魔鐘結界の中に入ることができるのは身体に魔力を宿す者、つまりビショップとイレイズのみである。この場にいるということは当然、彼女は……


「ふふ、実は私こういう者なの。紹介が遅れてごめんなさいね」

「それは……」


 そう妖しく微笑むと石上姉は自身の上着のポケットからスマホに酷似した水色の機械、プロメテを出して見せてきた。


「あ、あなたもビショップだったんですか……?」

「誰なんだ九条、知っているのか?」


 初対面のためか事情を知らない長谷川が尋ねてきた。


「今朝からうちの学校に来た教育実習生の人です。石上のお姉さんですよ」

「何? 石上の……初めて聞いたぞ」


 実際この間まで僕も知らなかったし、まさか姉妹揃ってビショップだとは思いもしなかった。

 だが、妙である。

 ビショップは魔鍾結界の中で自身の体内にプロメテを取り込み魔力を通わせる。それが今彼女の手元にあるということは、石上姉はプロメテと接続状態ではない。敵が目の前にいるのに戦闘する意志がないように見える。


「あれを見て」


 石上姉は僕たちの背後の方向を指差した。その先では僕たちの味方と思しき謎のパワードスーツ集団がイレイズの前に立ちはだかり、ハンドガンやサバイバルナイフなどを構えて武装を展開していた。対しイレイズは僕との交戦で腹部を損傷しており手負いの状態。戦況はパワードスーツ集団の方が有利なのは火を見るより明らかだ。


「な、何なんですか? あの人たちは、いったい……」


 彼らの所持している武装は現実の軍隊などが戦争で用いる兵器と同等のものに見えた。実際に本物のマシンガンや銃火器をこの目で見たことがあるわけではないが、あれが僕たちと同じようなプロメテの魔力で生成した物質であるとは感じられなかった。


「すぐにわかるわ」


 彼女がそう言い終えると同時にパワードスーツの一人が構えたハンドガンの引き金を引き、岩石を抉るような連続した鋭い音が周囲にこだました。


「ウ……グゥ……」


 鉛玉を胴体に何発も食らったキリンのイレイズが苦悶の声をあげる。その身体から煙が立ち込めており、明確なダメージが入ったように見えた。


「よし、やったな……うわっ!」


 しかし魔力の通った攻撃ではないためかそれほど深い傷には至らなかったようで、キリンのイレイズはハンドガンの銃身を掴みパワードスーツに一気に詰め寄った。組み付かれたパワードスーツは、慌てて振り解こうとするも思うように動けないようだ。


「2番機、後退しろ! 銃を捨てるんだ!」


 すぐさま別のパワードスーツが呼びかけてサバイバルナイフを片手に斬りかかった。ナイフの刃はイレイズの二の腕に突き刺さり、耳をつんざくような金属音を上げる。


「今だ! 3番機と4番機、コイツの背後に回れ!」

「り、了解!」


 指示を受けたもう二人のパワードスーツが、動きを止めたイレイズの後ろから同型のハンドガンの弾を次々と撃ち込んだ。前後から来る波状攻撃にイレイズも負けじと耐え凌ぎ、パワードスーツ集団との一進一退の攻防はなおも続く。


「何を見ている九条、加勢するぞ!」

「駄目よ」


 状況が飲み込めてない僕を一喝し、長谷川が自身の狙撃銃を構えた。しかしその照準はすぐ隣に立っていた石上姉によって制止される。


「……!? 何故だ」

「これはテストなの。初の実戦でどれだけデータが取れるかのね」


 長谷川は訳が分からない、といった表情で彼女を睨んだ。その口ぶりから彼女があのパワードスーツ集団と何らかの関わりがあることは明らかである。


「プロメテに適合しなかった普通の人間……つまり彼らのような大人がプロメテを介さずイレイズに対抗可能にするために生み出された、『新型強化鎧骨格』の運用試験。私はその監督者としてこの街に派遣されたの」


 強化鎧骨格とはあのパワードスーツのことだろうか。プロメテを介していないということは、彼らの身体には魔力が通っていないのだ。今まで実感する機会はなかったが、本物の銃火器であっても魔力の通った攻撃でないならばイレイズに対しての効きが悪いのだと思われる。彼らが複数でかかって手負いのイレイズ1体にすら苦戦をしている理由も頷けた。


「で、でもやっぱり助けないと。このままじゃ……」

「大丈夫よ。決着はもうじきつくわ」


 石上姉がパワードスーツの一人を指差して含みのある笑みを浮かべた。彼が何度も突き立てるナイフはイレイズの身体を抉りながら、じりじりと腕部から胴体へ刃を進ませていく。


「ウグ……ッ! ウ、ウォオオォォ……!!」

「う、うわぁぁっ!!」


 刃が胸部に達した瞬間、野太い断末魔と共にイレイズの身体が爆散した。至近距離の爆発に驚いたパワードスーツ集団は狼狽したり悲鳴を上げたり、その場で尻餅をつく者までいた。

 怪物の消え去った大通りに、数秒の静寂が流れる。


「や、やった……!」


 最初に言葉を発したのはイレイズにとどめを刺したパワードスーツの男だった。手に持っていたナイフを地面に落とし、両手を強く握って打ち震えている。


「勝ったんだ! 俺たちが……ついに!」

「やった! やったぞーー!!」

「う、うおおおおーー!」


 彼の言葉に呼応するように周囲のパワードスーツも歓声を上げる。まるで何かの試合の団体戦で優勝したかのような、テレビの中でしか目にしたことがない程のはしゃぎっぷりだ。

 状況が上手く飲み込めていない僕と長谷川は、その温度差に圧されて興奮冷めやらぬ彼らの姿を遠巻きにただ眺めていた。




「それじゃあ昨日はその人が開いた魔鐘結界で戦ったんだ、いっちゃんと先輩は」


 翌日の昼休み、僕たちビショップが溜まり場とする部室棟の一階、『陰陽部』の部室で昼食の弁当をつつきながら円が僕に尋ねてきた。


「うん。でも前に戦った25号みたいなとんでもなく強いイレイズじゃなかったから大丈夫だったよ。ほとんど僕と先輩で何とかできたし」

「そっか……ごめんね。肝心な時に一緒に戦えなくて」

「い、いやいやどう考えても僕たち巻き込まれた側だし円が謝ることじゃないって」


 彼女の責任ではないのに謝罪されて僕は慌てて首を振った。普段から他人に対して過剰とも言えるぐらい気配りをする円だが、イレイズのことになるととにかく思い詰める性格でこちらが気付かない間に色々と心労を重ねていないか心配だ。


「えーと、それでみんなしてここで集まっている理由はその昨日の強化なんちゃらのロボ野郎軍団の報告ってことなのかな?」


 部室の先客である2年女子の奥村先輩が口を挟んできた。昼食時もパックされたゼリー飲料を片手に頬杖つきながらいつものノートパソコンとにらめっこしている。僕が部室に来る時に大抵彼女はいるのだが、他の場所で会う機会が極端に少ないのでもしかしたらここに住んでいるんじゃないかという気さえしてくる。


「ロボ野郎って……たぶん中身は人間だったと思いますけど、まぁそんなところです」

「ふーん、でもそれを指揮しているのがレイちゃんのお姉さんでうちの教育実習生っていうのが、また話がややこしいねぇ」


 その点については僕も同感だった。石上は姉とあまり仲が良くなさそうだったため深く事情を聞くことはしなかったが、少なくとも同じビショップであることは教えて欲しかった。だがその彼女は今朝から姿を見せておらず授業にも出席していない。

 石上がいないところで事が進むのは申し訳なかったが、とりあえず昨日の詳しい話は陰陽部の顧問でありビショップ本部の人間でもある芥先生に今朝がた伝えておいていた。どうやら先生の方も情報は入っていたらしく、スムーズに招集がかかり今に至る。緊急事態という訳ではないだろうけど、裏で何かが動いているのは確かだ。


「やぁ、みんな待たせた」


 僕たちに遅れること約10分後、部室の引き戸を開けて芥先生が入って来た。よれよれのワイシャツに中途半端に伸びた顎髭、そして目の下には隈が出ており相変わらず不健康そうな風貌だ。この間会った時は生命力が多少増していたが、また元に戻ったようである。

 

「大体揃っているようだね。来ていないのは石上くんだけか」

「あの、長谷川先輩もいないと思うんですけど」


 僕と円が同時に入って来た時、部室にいたのは奥村先輩だけだった。戦う時は冷静でハードボイルドな性格の長谷川は、普段は引きこもり体質であがり症のため学校で見かけることはほぼない。とは言え僕たちの大切な仲間なので最初からいない者扱いにするのはいくらなんでも酷すぎる。


「いるぞ。実はお前たちが来る前からいた」


 突如背後から聞こえた長谷川の声に僕は振り返った。視線の先にあるのは部室壁際にぽつんと置かれた掃除用のロッカー。

 こんな状況を前にも目にしたことがある。


「いるならいるって言ってくださいよ先輩。びっくりするじゃないですか」

「すまんな。こうでもしないと人と話せないんだが、会話に入るタイミングが中々掴めなくて」


 すっかり忘れていた。普段のこの人は顔を合わせるだけでも大変なのに話す時は互いに見えないよう壁が必要なのだ。部室棟の廊下には至る所に同じような掃除用のロッカーが置かれていて、長谷川はそこに隠れながら部室に来ているらしい。あがり症というか、その隠密性はもはや忍者と言っても過言ではない。

 とは言え、非常に面倒臭い性質だが初めて会った時と比べたら接し方も割と気さくになってきたのでいつかは普通に出て話せるようになるのかもしれないが。


「もしかして九条くん気付いてなかったの? コジローくん最初からいたよ。ねぇ円ちゃん」

「あ、はい。入った時にいることは分かってました。むしろいっちゃんが気付かなかったことが意外……です」

「え……えっ?」


 奥村先輩と円がさも当然と言いたげな答え方をしたので僕は戸惑った。二人とも口裏を合わせているわけでも、たぶん別に僕をからかっているわけでもない。先生も入った瞬間から気付いていたようだし、なぜみんなあそこまで気配消している人の存在に気付けるのか。

 おかしいのは僕の方な気がして、だんだん訳が分からなくなってきた。


「とにかく、本題についてなんだが」


 猜疑心にまみれている僕を放っておいて、芥先生が教師用の席に座り全員を注目させた。


「昨日、九条くんたちが出会ったとされる強化鎧骨格の部隊。それは恐らく『スタッグ計画』によるものだろう」

「スタッグ……計画?」

「プロメテに適合しなかった人間がイレイズと戦えるようにするための研究と言うと伝わるかな。組織の末端の構成員で知る人はかなり少ないが、計画自体はかなり昔からあったんだ」


 プロメテに適合しなかった人間。そのキーワードは石上姉が昨晩話していたことと一致する。

 詳しい理屈は分からないが、ビショップが超人的な力を発揮したり不思議な能力を使えるようになるのは、プロメテから注入された魔力によって染色体の情報を書き換えて一時的に進化させるから、らしい。そのため身体には相当な負荷がかかるそうなので大人ではそれに耐えられないのだそうだ。


「スタッグ計画の全容は鎧骨格の設計や運用がメインと思われがちだが、本来は人間に注入されるはずだった魔力を肩代わりして受け止めるカートリッジの研究がメインなんだ」

「なるほど……確かにただアーマーを装着して銃を持っただけでは魔鐘結界に入ることは不可能だからな。あの集団も何らかの方法で体内に魔力を通わせていたんだろう」


 掃除用ロッカーの中から長谷川の納得したようにうんうんと唸る声が聞こえる。その計画のため、表向きは教育実習生としてこの学校に送られたのが彼女らしい。とすればビショップの組織化のために教師として派遣された芥先生とも立場は似ている。


「でも、それって凄い偶然……ですよね。そんな大規模な計画を私たちの街で行なって、しかもそれを指揮しているのが怜ちゃんのお姉さんだなんて」


 円が素朴な疑問を口にした。言われてみれば組織でも知る人が少ない計画なのだから、日本全国のあらゆる所で実施しているとは考えにくい。その計画にこの街がたまたま選ばれて、その街で活動しているビショップの一人が監督者の妹だということも、偶然と言われればそれまでだが何か作為的なものを感じる。


「いや、それがあながち偶然とも言い切れないんだがね……」


 どこか歯切れの悪い口調で芥先生が答えた。


「この街は少し特殊な事情を抱えていてね。上層部にとっては街そのものが巨大な実験場みたいなものなんだ。元々ビショップの組織化もそのはしりのようなものであったし」


 自分の住んでいる街をそんな風に扱われては流石にいい気はしなかった。だがこの間その組織の一派に命を狙われたりしたことに比べたら、全然まともなことに思える。


「それに以前九条くんや沢灘くんには話したことがあるかな。君達が上級イレイズ25号を討滅したことを上層部が評価していて、新しい実験をこの街で試みてると」

「え、ええと」


 確かにそんな事を言われたような気がするが、具体的にどういう話だったかはよく覚えていない。隣を見たら円は無言でこくこくと頷いているのでそういう話はしたのだろう。


「つまりはそれが今回のスタッグ計画ということだ。カートリッジの開発にはまだまだ時間がかかるとされていたから鎧骨格が完成するのは先の話だと思っていたのだけど、九条くんから話を聞いて驚いたよ。まさか実戦配備するまで計画が進んでいたとは」

「そう。この計画によって常に安全圏から見ていただけの大人がようやく『責任』を果たせるようになるの。光栄なことね、先生」

「!?」


 この場にいるはずのない人物から返答をされて、反射的に芥先生含めた全員が声の方向に視線をやる。

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