第9話 不穏な平穏(前編)

 遊ぼう。始まりは先輩のその一言だった。

 せっかく部員が5人集まって陰陽部が正式に部として立ち上げることができたのに各人交流が全然足りていない、と奥村先輩はぼやいていた。確かに僕たちも毎日部室に集まって何かしているわけではないし、顔を合わせる時はだいたいイレイズ出現で一緒に戦う場合くらいだ。

 とは言っても円は幼馴染だし石上は同じクラスなので交流が足りないという感じはあんまりしない。足りないと言えば上級生の二人くらいか。


「円ちゃん。九条くん。というわけで今日のあなたたちの修行はお休みしてもらいます。Let's ゲーミング!」


 放課後、彼女が大きな丸眼鏡をきらーんと光らせての僕たちを案内したのは、学校近所にあるそこそこ大きなゲームセンターだった。僕もそんなに通い詰めていたわけじゃないけど、学業に戦いにと溜まったストレスをパーっと発散させて遊びたいという先輩の意図はわかる。室星学園は校則が緩く、僕たち以外にも学校帰りに制服で立ち寄っている生徒はちらほら見受けられた。

 だが、今日この交流会に集められたのは僕と円だけで明らかに部員の人数が足りない。


「あの、石上と長谷川先輩はどうしたんですか?」


 僕が素朴な疑問を口にすると奥村先輩はうむむ、と額に指を当て考え込む仕草をした。


「レイちゃんはねぇ、戦いの時はいつもすぐに駆けつけてくれるんだけど、プライベートな時の付き合いがあんまりよくないんだよね……誘ったんだけど『めんどくさいのでいいです』だって」


 なんとなく想像はつく。人がいるところが嫌いで学校の休み時間はいつも席を外していたし、楽しげに談笑していたのを見た記憶もない。だが意外にも他人のことはよく観察していて、円の様子がおかしい時は僕にも教えてくれたり面倒見のいい一面もあった。知り合ってまだ間もないが、僕が石上怜という人間に抱いた印象はそんなところだ。


「コジローくんは……聞かなくてもだいたい察してると思うけど、今日も部屋に引きこもってます。こないだ九条くんがせっかく引っ張り出してくれたんだけどね」

「それはあの先輩ですし、そんな気はしてました」


 もう一人の欠席者である長谷川小次郎先輩はメンタルがすこぶる脆く、精神に不調をきたすとすぐに引きこもる男で僕も説得するのにかなり苦労をしたのは記憶に新しい。困った先輩だがイレイズ出現の際は必ず共闘するのを約束してくれたので、僕たちにはそれ以上の要求はできなかった。


「でもコジローくん、最近は授業にも毎日出てるらしいからこないだまでと比べたらかなりの進歩だよ。メールしたら返信もちゃんとしてくれるし、根は素直でいい子なんだよね〜」


 まるで歳の離れた弟や近所の子供を褒めるような口ぶりだが、この人と長谷川先輩は確か同学年のはずである。彼女が特別にお姉さん気質というわけではなく、長谷川先輩の貫禄がなさすぎるのだ。


「まっ、人数は4割減だけどせっかく集まったし細かいことは気にせず行こ行こ!」

「は、はぁ……」


 けっこうなアクシデントだと思うが、この人にとってはどうやら些細な問題らしい。もはや「陰陽部のみんなと交流」ではなく「この人と交流」に趣旨が変わってしまっているのだが、突っ込むのも野暮なので黙っておくことにする。


「それであの、先輩。どうしてゲームセンターなんですか?」


 おずおずと手を挙げて質問したのは円だった。周囲にズラッと並んだ筐体からじゃかじゃかと響いてくる大きな音に慣れていないのか、そわそわして落ち着かない様子だ。いつも静かでペースを崩さない彼女にしては珍しい。


「ん? 円ちゃんもしかしてこういうとこあんまり来たことない?」

「はい……その、昔からゲーム自体もあんまりやったことなくて、小学生の頃にいっちゃんのお家で何回か触った事あるかなってぐらいで」


 円がさらっと口にしたエピソードに背中がこそばゆい感覚を覚えた。好きな子が昔のことを覚えていてくれたというのはやはり嬉しい。

 だが彼女は知らないだろう。一人っ子の僕が当時わざわざ2人用の対戦ゲームばかりを親にねだって買ってもらっていたことを。幼少期の僕は常に円と遊ぶことだけで頭がいっぱいであり、彼女がどのゲームにハマってもいいようにアクション、レース、格ゲー、ボードゲームなどあらゆるジャンルのソフトをコツコツ集めたりもしていた。

 残念ながら円の食いつきが良かったソフトは滅多になく、碌に遊ばないまま押入れの中で埃をかぶっているのがほとんどだったが。


「そっかー、まぁ本当のところは単に私が来たかったからってだけなんだけど」


 そんな気はしていた。別に見た目で判断しているわけではないけど、パソコンや機械にも強いしなんとなくこの人はインドアな趣味をしているんだろうという雰囲気はあった。

 とどのつまり、今日は交流会と言うよりはこの人の遊びに付き合ってという話なのだろう。僕もたまにはこういうのも悪くないと思うし、円もそわそわしているものの嫌がっている素振りを見せてはいない。


「それに! お家でやるのもいいけどこういうとこで遊ぶのも絶対楽しいから! ということで、今私が個人的に推したいのはコレ!」


 ばばーん! と奥村先輩が指さした筐体は戦闘機を操作してステージを進む昔懐かしの縦スクロールのシューティングゲームだった。しかし『L-タイプ』と書かれたタイトルロゴの字体が妙にポップで柔らかく、画面の雰囲気とはミスマッチな感じがする。

 しかもパネルに愛嬌のあるポーズで描かれているキャラクターは首と手足があって辛うじて人の形をしているものの肌が灰色だったり紫色だったり目が3つあったりして絶妙に可愛くない。


「シューティング、ですか?」

「そう! 円ちゃん正解! 最近できたばかりなんだけどね。なんとこのゲーム、敵の戦闘機に乗ってるのは全員異星人の女の子で撃墜するとプレイヤーキャラに恋に落ちる斬新な仕様なの! もちろん、対戦機能もあるよ!」


 得意げに説明しているが、斬新すぎていまいち面白さが伝わってこない。地球人ならともかく星の違う生物に好かれてもあまり嬉しいとは感じないと思う。そもそも異星人に男や女の概念があることが驚きだ。

 他のゲームにはけっこうな人数がぞろぞろ集まっているのだが、さっきからこの筐体の近くだけ閑散としている。新しいゲームのはずなのに。


「これねぇ、やればハマるんだよ……でも作ってる会社が立ち上げたばっかりで知名度が低くて、なかなか新規ユーザーが遊んでくれないの……私もネットの口コミで布教してる人のおかげで知れたんだけど」


 急に肩を落とす先輩。口ぶりから察するに普段から色々とゲームをやり込んでいるのだろう。ゲーマーだったりパソコンでハッキングするのが得意だったりデジタルな方面に明るい人だが、聞けば生まれは代々この街を守ってきた陰陽道の家系らしく、なんというかギャップが凄い。戦う姿は見たことないが、やはり和風な装束とかに身を包んだりするのだろうか。


「ま、とにかく面白さは保証するからね! てなわけで九条くん、さっそく100円を投入するのだ!」

「ぼ、僕ですか!?」

「そりゃせっかく来たんだし遊んでくれないと! もしかしてただ見てるだけで終わっちゃうつもり?」


 いきなり指名されて狼狽えてしまう。僕自身そもそもゲーム自体があまり得意な方ではないし色々持っていたソフトの中でもシューティングはほぼ管轄外だった。しかも僕の月のお小遣いはそこまで多くなく、もっと言えば今日は円のゲームしてる姿を後ろから見ているだけで良いとさえ思っていた。


「ほら、対戦機能もあるし円ちゃんとやってみたらいいじゃん」

「私はいいよ? やってみようよ、いっちゃん」


 奥村先輩に促され、迷わずちゃりんと100円を入れる円。ここまでされたら断る理由などない。僕の100円は上手い下手や勝ち負けの楽しみのためじゃなく、円と遊ぶこの時間のための対価だ。安い。

 それじゃあ、と僕も財布から貴重な100円玉を取り出し筐体の口に入れた。


(ほぇー……やっぱり新しいゲームだけあってグラフィックとか凄いんだ……)


 ゲームが始まると、画面いっぱいに様々な星を浮かべた宇宙空間が映し出され、その中心を一機の航宙戦闘機が閃光のような猛スピードで駆け抜けた。緑色のガラス張りで守られたコクピットの中は操縦者の顔の細かいところまでしっかり作り込まれていて実写顔負けのクオリティだ。

 戦闘機が画面下端に現れ、壮大なBGMと共にゲームスタートの合図が鳴る。


(あっ、結構楽しいかも……)


 ゲームそのものはシンプルで奥深い、非常に質の高いものだった。ルールはUFOみたいな異星人の戦闘機や迫り来る隕石を自機のバルカン砲で撃ち落としていくという単純なもの。途中で拾えるアイテムもあり自機のスピードを上げるものや弾数を増やすものなど単純に強化するものもあれば強力な武器を得る反面、自機の耐久が減るなどデメリット付きの物もあり駆け引きを要求される。自機が破壊されてもすぐに復活できて最終的なスコアを競うゲームなので初心者にも易しい。やればハマるという先輩の評価も頷ける。

 だがこのゲーム、プレイする上で致命的な問題を抱えていた。


(でもこれは流石に……その……)


 敵機を撃墜する度に「きゃー!」とか「いやーん!」とか甲高い女性の声が挟まれるのだ。恐らく異星人の女の子の悲鳴なのだろうが、声が妙に艶かしいせいで恥ずかしくて集中できない。ちょっといやらしい深夜アニメで聞こえてきそうな声だ。好きな人は好きそうな演出なのだとは思うが、僕にとってはかなり苦手な部類だった。

 ちらっと視線を隣に移すと、対戦相手の円は無表情で操作レバーやボタンを手足のように操っていた。冷徹に目標を次々と堕としていくその姿は、さながら歴戦のエースパイロットだ。


「うそ……円ちゃんに私のスコアが抜かれた!? 初見プレイヤーだよね!?」


 リザルト画面に入り、円の記録に奥村先輩が驚愕する。あまりゲームを好んでする傾向はなかったものの、円は決して下手だったことはなくどのソフトでもボロ負けしていたのはいつも僕だった。

 当然このゲームでも僕のスコアはボロボロで円と2倍以上の大差をつけられての敗北だ。彼女の筐体の画面では河童のような大きな嘴のある灰色の肌をした宇宙人に『あなたのお嫁さんになってもいいよ……?』と投げキッスしながら求婚する姿が映し出されている。一方僕は『もうちょっと腕を上げてくれないと私の伴侶にふさわしくないねぇ』とゴリラのように体格が太ましい宇宙人に激励されていた。


「やっぱり私の見込みは正しかった……円ちゃんってこっちの方面も才能あるのね! いやー、今日連れてきてよかったわ。君はシューティング界期待のホープ!」

「そう……ですか? 自分じゃよく分かりませんけど……」


 絶賛しながら円の肩に寄りかかる奥村先輩だが、当の円はどこか上の空で目の前のゲームに意識が向いていないように感じられた。

 それにさっきから隣のゲームの筐体の方をちらちらと見ていて、よく見れば彼女の口元はほんの少し緩んでいる。まるで思いがけない場所で思いがけない物に出くわしたような表情だ。言うなれば「そわそわ」よりは「うずうず」とした様子に近い。


「……円、どうかしたの?」

「えっ? う、ううん……なんでもない」


 僕の問いかけに反射的に首を横に振る円。しかしどう繕っても隣のゲームへの興味は隠しきれていない。彼女の影になっていてよく見えなかったため、筐体から離れて僕もそのゲームを確認してみる。


「もしかして、こっちの方で遊んでみたかったりした?」


 円が先程からちらちら見ていた隣の筐体は子供向け特撮ヒーローが戦う格ゲーだった。現在日曜の朝にテレビ放送しているヒーローだけでなく僕の小さい頃に見た記憶のあるキャラクターも何体かいた。しかしそれでもこのゲームの対象層は歳の小さい男の子で、円がそこまでの興味を抱くのは正直意外だ。


「えっと、ね……その……いっちゃん……」

「う、うん?」


 彼女が顔を赤くして恥ずかしそうにもじもじしていることに僕は驚きを隠せなかった。小さい頃からマイペースで滅多に感情的にならなかった、あの円がだ。よほど何か言いたげな、それでいて言いづらいような、嬉し恥ずかしそうにしている微妙な表情だ。

 声を上擦らせながら、ぽつりぽつりと円がその先を口にする。


「やっ、ヤタガラスって……覚えてる……?」

「ヤタ……ガラス……?」


 どこかで聞いたことのある名前だ。ずっと昔、円と二人で見たような記憶がある。何かのテレビ番組だったか、それでいて黒くて大きかった気がする。喉元まで出かかっているのだが、決定的なピースが足りない。何だっただろうか。


「ここに映ってるの、私たち小さい頃に見てたよね?」


 円が指さしたのはゲームのスタート画面だった。数々の特撮ヒーローたちが全体に映し出されているその端に、全身のカラーが漆黒で埋め尽くされた、カラスの頭を持つ筋骨隆々な二足歩行のキャラクターが小さく佇んでいた。

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