第4話 街の守り人(後編)
「まあとりあえず、適当なところに座ってくれたまえ」
芥先生に言われるまま僕は円の隣に座った。向かいには先生が座り、まるで四者面談のような構図である。この状況、人数は違うが昨日とどことなく似ているような気がする。
「さて、私が君たちをここに呼んだ意図は……だいたい察しがつくかな」
「それは……」
今の時点で僕と円の共通項は考えるまでもなくビショップであること、それ一つしかない。だが、この教師がなぜそれを知っていて何が目的で僕たちをここに集めたのか、それが分からない。
机の上をよく見渡せば、円の目の前に真っ白の小さな板状のスマホのような機械が置かれていた。色こそ違うが僕はその形の機械に見覚えがある。
(もしや、あれが円のプロメテ?)
思い返せば円の戦う姿は目にしたものの、彼女のプロメテを見たことは今までなかった。円がそれを人前に見せたということは、この二人は信用に足る人物だという彼女の意思表示に感じた。
「円、知ってたの?」
「一度だけお父さんに聞いたことがあるよ。古くからこの街を守ってきた大地主の娘さんのこと。でもまさか同じ学校に通っていたなんて知らなくて、会うのも今日が初めて」
大地主の娘、とは今目の前にいる奥村と呼ばれた女子生徒のことだろう。円の紹介に得意げな顔をしている。街を守ってきたということは、この人も僕たちと同じビショップらしい。さすがに僕と円以外にもいるだろうことは思っていたが、こんなに身近にいるとは予想外だった。
「そ。私がこの街に古代より伝わる奥村流陰陽道の跡取りこと、奥村悠美(おくむら ゆうみ)。最近どんどんこの街にお仲間が増えて嬉しいわ。でも堅苦しいのは嫌いだからユミちゃん先輩とか気軽に呼んでねっ」
「ど、どうも……って、陰陽道?」
突如放たれた胡散臭さ全開の単語に僕は思わず聞き返した。陰陽道と聞いて連想するのは気のパワーとか悪霊退散とかドーマンセーマンのアレだ。もしや、この部室の扉に貼られた紙に書かれた陰陽部という名前はこの人の家から取られたのだろうか。
「陰陽道のことは機会があればいずれ私から説明しよう。今はビショップ組織の偉いところ、と覚えてくれればいいよ」
僕の疑問を芥先生が物凄くざっくりとした説明で締める。そんな解釈でいいのだろうか。陰陽道とビショップってそもそも語源の国が違うと思うし。
しかし奥村先輩の自己紹介でなんとなく僕たちがここに集められた理由も分かった。
「私といっちゃ……九条君が呼ばれたのは、今まで個人で戦っていたビショップを一つにまとめて、組織化したいということ、ですよね? それにたぶん、この学校は人が集まるための設備も充実しているし、対イレイズの前線基地にできるの……かも」
僕より先に口を開いたのは円だった。思っていたことはだいたい一緒だったが、見えているビジョンは彼女の方が正確だろう。そもそも僕はビショップの組織とやらがどの程度の規模なのか、また世界中にどのくらいの数がいるのかまったく知らないのだから。
「つまるところ、まぁそういうことだよ。そのために総合本部からこの高校に派遣されたのが私だ。ビショップは他にもう2人くらいいるがね。ひとりは2年の男子で、もうひとりは1年の女子だ。今はすぐイレイズの反応に対処できるようどちらも学校の外を回っているよ」
驚いたことに、この高校には僕と円を含めてビショップの高校生が5人もいるらしい。5人といえばバスケのチームが組める人数だ。円ひとりでも相当強いため、全員でかかれば大抵の敵なら難なく倒せるんじゃないかと思う。
「各地で組織化の動きが推し進められてきたのは、つい最近のことだ。数年前よりイレイズはどんどん数を増やして凶悪化してきたから、その対策としてね。特にこの街は代々奥村くんの家が守ってきたのだけど、戦力不足が深刻になってきたので県外からうちに編入してくれるよう募集をかけたのさ」
その募集に応えたのが例の2人ということらしい。いずれ一緒に戦う仲になるのだから、近いうちに出会うかもしれない。どんな人間か気になる。
「まーでも、去年からは円ちゃんがけっこうな数を相手にしてくれてたから、うちとしてはかなり助かってたんだけどねー」
奥村先輩はニコニコしながら話すが、僕は少し引っ掛かりを覚えた。1年間も同じ街で戦っていて今日まで全然出くわす機会がなかったのは何か理由があるのだろうか。僕は先日、プロメテが届いたその日にイレイズに襲われて円に偶然助けられたというのに、円が先輩に会ったのは今日が初めてらしい。
「ビショップを組織化するにあたって、高校の部活動というのは絶好の環境でね、奥村くんと今話した2人。そして沢灘くんと九条くんの5人が揃えば規程の人数を満たし、正式に部として立ち上げることが出来る。活動内容は……そうだな、せっかく陰陽部なのだから地域の伝承や宗教学を調べてるとでも言っておけばいい。もちろん表向きの話だがね」
なるほど、と僕は思った。学生なら学校の内外で集まることは出来るが組織をやっていくなら、やはり大人の手助けは心強い。しかしイレイズの存在は普通の人に知られてはまずいため何としても隠さなくてはならない。生徒会などに怪しまれないためにも普通の部活としてのわかりやすい活動実績が必要なのだろう。
「そこで折り入って君たちに頼みたいのだが、是非うちの部に籍を置いてくれないか。そしてこれから組織の仲間として我々と共に戦ってほしいんだ」
僕としては特に断る理由のない提案に感じた。イレイズの規模が未知数なのだから、当然仲間は多い方がいいし何より集団で戦えばその分危険も減る。
だがそう簡単に決めていいものか一瞬迷い円の方に目をやった。彼女はどこかそわそわしたような態度で口元に手をやり考えこむような仕草を見せていた。先生の提案に何か迷うようなところがあるのだろうか。
「籍を置いたからと言って、毎日ここに集まって時間を潰してくれって訳じゃない。イレイズが現れた時に合流して連携を取りながら戦うことが目的だ。それに私の目の届くところにいれば君たちのサポートも出来るし必要な情報共有も出来るはずだ」
「サポートって、具体的には何なんですか?」
僕はふと思った疑問を口にする。チームに入ったら受けられるサポートとは、新しい武器が完成したから直ちに装備してくれとか、そういう漫画でよく見る類のものだろうか。
「例えば、そうだな……まず挙げるならイレイズの出現場所と規模が分かることかな。この街の地下に結界の展開に必要な魔鍾結石が埋まってることは知っているかい」
「えっと、それは円から聞きました」
「あれは常に微弱な魔力、電波のようなものを発していてイレイズを探すレーダー的な役割を果たしているんだ。ビショップの魔力とイレイズの魔力は本来混ざり合わない言わばプラスとマイナスの関係にあってね。その微妙な揺らぎを検知して敵の場所を探し当てるのさ」
「へ、へぇ……」
どういうメカニズムかはさっぱり分からないが、とりあえず大掛かりな装置を使った便利な機能があるということは理解できた。プロメテもそうだが、いったい金額にしていくらのコストがかかっているのだろうか。
「それに敵の種類が分かった場合には相性のいいビショップを選んで向かわせることも出来る。君たちにも悪い話では無いと思うのだが、どうかな」
「はい……僕はその、いいと思います」
「では、沢灘くんの方は」
芥先生の問いかけに円は無言で小さく頷いた。明確な拒否を示してはいないため、一応前向きな検討をしてはいるのだろう。だが、戦い慣れしている円が僕より歯切れの悪い返事なのが少し気になる。仲間が増えて戦いが楽になることは彼女にとっても良いことづくめだと思うけれど。
まぁ実際、僕は彼女と一緒に戦うことが出来ればそれで良いので、本当のところはどちらでも構わない。
「そうか、ありがとう。今はその答えを聞けただけで十分だ。正式な入部届を出すのは後日で構わないよ。時間を取らせて悪かったね」
「あ、はい……」
芥先生が話を切り上げ、僕は軽く頭を下げて席を立った。気付けばこの部室に入って30分以上が経過していた。窓の外を見れば太陽はどんどん傾いており、このままでは円と修行をする時間がどんどんなくなってしまう。
「先生、今ちょうど街中に漂っていた魔力の揺らぎが移動を始めました! これは間違いなくイレイズ出現の前兆ですよ!」
僕が帰ろうと鞄を掴んだその時、奥村先輩が突然叫んだ。彼女は目の前のノートパソコンの画面を食い入るように見つめている。
イレイズ出現。それはビショップにとって敵襲、戦闘開始の合図だ。一昨日の戦闘を思い出し、反射的に身体が強張る。
「場所と規模は分かるかい?」
「場所は……広いのでまだ絞り切れてません! でもこれは恐らくレイちゃんが巡回している場所の近くだと思います。あと規模はけっこう大きいです。出現までの予測時間は……だいたい10分後!」
芥先生がさっきまでの飄々とした顔つきと違って真剣な表情を見せる。奥村先輩の情報伝達も素早く、二人とも完全に仕事モードに切り替わったようだ。たぶん、これが本格的な戦い。組織でイレイズと立ち向かうということなのだろう。
「私、行きます」
誰に言われるまでもなく、円が立ち上がり教室を出ようとした。
「待って円ちゃん。正確なポイントが分からないまま闇雲に動くのは危ないと思うわ。完全に絞り込めるまでもう少し……」
「大丈夫です。私、分かるんです。だいたい、どこにイレイズが現れるのか。上手く言えませんが、気配……のようなものを感じるんです」
奥村先輩の制止を振り切る円。ようやく僕は先ほどから彼女が何処かそわそわして落ち着きがなかった理由を理解した。
それに一昨日の夜に正確な場所で結界を展開できたのも恐らくその「気配」を察知したことによるものなのだろう。一般的なビショップ組織がイレイズの出現場所を特定するためにここまで大掛かりなシステムを要するのと比較すると、非常に効率に優れた能力だ。
「なるほど、それが今まで他のビショップが君と戦場で鉢合わせる機会が無かった理由か。我々が正確な場所を特定するよりも早く出現ポイントに駆けつけてイレイズを撃破する……さすが沢灘則継(のりつぐ)博士の製作した最新型プロメテの性能だな」
「えっ、お父さんのこと……知っているんですか?」
「一度でも本部にいた人間なら、名前を知らない人はいないよ。なんと言っても、新型プロメテ開発チームの総責任者だからね」
芥先生の口から出た名前に、珍しく円が動揺を見せた。僕も彼女から父親がプロメテ開発の仕事をしているとは聞かされていたが、そこまで偉い地位の人だったとは流石に予想しなかった。
自分が知らないところで普段会わない父親が有名人であることを聞かされたら、円にとっては少し複雑な心境だと思う。
「君も聞きたいことは色々あるだろうが、今は次の犠牲者が現れる前に出現場所に急行してくれ。九条くんも頼む」
「……わかりました。行こう、いっちゃん」
小さく一礼すると、やや曇った表情で円は部室の扉に手をかけた。
「あ、ちょっと待って円ちゃん。イレイズの出現ポイント近くにうちの部員の子がいるから、こっちから連絡して向かわせるね。方角とか距離とか、なんとなくでも今の時点で分かる?」
出ようとした円を奥村先輩が再び呼び止める。
「正確な距離までは分かりませんが、たぶん……ここから北西の方角に」
「おっけー、そこまで分かれば割り出しは簡単! 北西で目につくポイントは……城ヶ崎神社。たぶんこの辺だね。ありがと!」
気配を察知すると言うより、予知能力じみている円の説明に奥村先輩は「よっしゃ!」と親指を立てて再びノートパソコンに向かう。少ない情報からすぐ推測できるこの人の分析力もやはり只者ではない。
「ちなみにうちの部員の子っていうのが、石上怜ちゃんっていうちょーっと気難しくて怒りっぽい女の子だからよろしくね。苦戦しているようだったら、助けてあげて!」
「分かりました……って、石上!?」
「あれ、もしかして知ってる?」
予想外の人から知った人の名前が出てきて思わず僕は狼狽してしまった。一年の女子で、名前は石上怜。同姓同名の他人でなければ僕と同じクラスの隣の席の女子だ。しかも気難しくて怒りっぽいという性格まで一致している。
(まさか、石上までビショップだったなんて、世間狭いにも程があるでしょ)
助けてあげてと言われても、きつい性格で普段から棘のある態度の石上なので余計な手出しをして怒られる図が浮かんでしまう。むしろ僕が助けられて小言を言われてしまうのではなかろうか。
「いっちゃん。知り合いなら、尚更放っておけないよね。行こう!」
「あ……うん!」
円が僕の腕を引いて部室から飛び出す。規模の大きな敵と聞いても迷いなく、危険を顧みず飛び込んでいける彼女の行動力は見習いたいと思った。
(よ、よし……男を見せろよ、一徹!)
九条一徹、一昨日ぶり二度目の戦いが始まろうとしていた。
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