第20話 暗黒のトバリの中で(前編)
暗闇の中で僕と石上を待ち受けていたイレイズは、頭部を楕円形の兜のようなもので守り、全身から光を発するという今まで出会ったことのない特異なタイプの敵だった。
電源を壊されたこのショッピングモール内では僕たちは十分な視界を確保できていないが、このホタルのイレイズは恐らくこちらの姿を自由に捉えることが出来ている。今のこの状況は、敵の方が圧倒的に有利だ。
「ふゥム……またチカラを溜めなけれバいけないようデスね」
片言の丁寧語で呟くホタルのイレイズは、自身の肩や胸部などに埋め込まれた球体の光を弱めて再び闇に消えていく。
先程のイレイズが僕目がけて放った光線はコンクリートの床を溶解させ、大きな穴を穿っていた。石上が咄嗟に僕を突き飛ばさなかったら間違いなく直撃して僕の身体はいとも容易く貫通していただろう。
しかも奴の口ぶりから、今その第二射を放つ準備をしている。
「やらせるか……!」
そう何度も一方的に攻撃される訳にはいかない。僕は左腕から炎の蛇を出現させて手首にぐるぐると巻き付けた。魔力で作られているとは言っても炎は炎。メラメラと燃える蛇はほんの僅かだが僕の周囲を照らしている。
「いない? 九条、気をつけて!」
「えっ!?」
石上が僕に注意を呼びかけ、自身の能力で氷の
僕と石上は互いに周囲を見回すも、それらしき敵影は見当たらない。
(狙ってる……どこから!?)
確実に敵は僕たちの死角から先程のレーザービームを放ってくるはずだ。姿は見えなくとも間違いなく近くに潜んでいる。
「……上っ!」
先に気付いた石上が叫び、つられて僕も上を見た。
天窓からほのかに射す月の光で巧妙に身を隠し、複数の球体を鈍く光らせ宙に浮くホタルのイレイズがそこにはいた。
「クフフッ……さァご覧あれ……」
またビームの照射を繰り出すと予想して僕は半歩後ずさった。が、敵は含みのある笑い声を上げると一瞬で球体の光度を最大にまで高めた。
「ぐわっ!」
身体に痛みこそなかったものの、あまりの眩しさに僕は思わずその場で膝をついた。眼球の奥が痺れるように痛い。
先程の攻撃はビームではなく目眩しの発光だったようだ。恐らくわざと目立つところで見つかるように仕向けたイレイズの罠だ。
「ぅ……あっ!」
直後、石上の悲鳴と共に何かがコンクリートの床に叩きつけられる音が耳に入った。彼女も先程の光によって動きを止められ、イレイズから攻撃を受けたのだ。
「石上!」
反射的に呼びかけるも、敵の姿はおろか倒れた石上すらうまく視認できない。暗がりの中で二つの影がぼんやりと見えたのは数秒経過してからのことだった。
数メートル先ではよろめいている小さな影を、発光する大柄な影が容赦なく殴りつけていた。はっきりと見えているわけではないが、押されているのは間違いなく石上だ。
「離れ……ろっ!」
左腕から伸びる炎の蛇が僕の意志に反応してホタルのイレイズ目がけて伸びていく。そのまま蛇はイレイズの胴体に絡みつき、炎に照らされたことで今まで見えなかった敵の全身が露わになる。
(……!)
ホタルのイレイズの身体は正面だけでなく背中にもびっしりと発光する球体が埋め込まれており、背後からでも光で攻撃が可能なことが窺えた。
イレイズはビームも目眩しも全方向に出来ることから死角が少なく、この戦いは恐らく長期戦になればなるほど僕たちの方が不利になるだろう。
幸い蛇の拘束は効いているようで、イレイズは自身に絡まった蛇を掴み引き剥がそうともがいていた。
(跳べ!)
ならば攻撃が始まる前に決着を付ける。僕はイレイズの方向に大きく跳躍し、炎の蛇に念じて一気に体内に収束させた。
「たあーーっ!!」
跳びながら右足を突き出してホタルのイレイズに突っ込んでいく。蛇の収束による加速を乗せた強力な蹴りだ。そのまま命中すれば確実な一撃を与えられる。僕はそう確信した。
「させまセンよ……キミ!」
僕の狙いに気付いたホタルのイレイズは掌をこちらにかざすと、そのまま蹴りを受け止めて見せた。
「えっ!?」
予想以上の力で持ち上げられ、僕の身体が空中で静止する。体制を整えようにも足を掴まれては着地することもままならない。
いくらプロメテの力によって肉体を強化しているとはいえ、イレイズが相手の単純な力比べではやはり分が悪いのだ。
(くっ!)
目眩しが来る。経験から判断した僕は咄嗟に目を瞑り腕で顔を覆った。すると僕の意識が離れてしまったせいかイレイズに絡みついていた蛇が拘束を解いて体内に戻っていく。
自由になったことでホタルのイレイズは僕の足を掴んでいた手を振り下ろし、その場に叩きつけた。
「痛った……!」
思いきり背中を強打し、鈍い痛みが全身に広がる。目を開けると全身の球体を発光させたイレイズが眼前に迫っていた。
イレイズは各球体の表面に小さな光弾を次々と発生させ、光弾は一箇所に集まり先端の鋭い槍状の武器を形成する。その間、約1秒。
(ちょ……そんな攻撃してくる!?)
反射的に身構えた時には既に遅く、イレイズの槍は僕の胸元を狙っていた。
(やばっ……)
命の危険を感じたその瞬間、何もない床から突如巨大な氷柱が生え出て僕を守るように槍の攻撃を受け止めた。
氷柱の発生源はイレイズの背後で
「あんた……ボーっとしてんじゃ、ないわよ……!」
息を上げながら石上が僕に喝を入れる。攻撃を受けて弱っているはずの彼女がせっかく作ってくれたチャンス。それを無駄にはできない。
「この……ぉっ!」
「ウッ!!」
僕は再び左手首から炎の蛇を出現させると腕に巻き付けてイレイズの腹部を殴りつけた。ホタルのイレイズは苦悶の声を上げ、手に持った槍が光となりその場で消失する。
その後も僕は蛇を巻きつけた左腕で何度もイレイズを殴りつけた。ただのパンチなら効き目が今ひとつだが、魔力と熱の通った攻撃となればその威力は比ではない。
「グぅ……これ以上は、怒りマス……!!」
数度目の攻撃でついに踏ん張りきれなくなったのか、ホタルのイレイズの身体は勢いよく後方に吹っ飛んでいき硬いコンクリートが砕ける音が周囲にこだました。
「倒した!? いや、まだか……」
ホタルのイレイズは従来の敵のような爆発をまだしていない。ダメージは与えられたものの、確実な撃破とまではいかなかった。恐らく再び暗闇に身を隠すため、わざと吹っ飛んだのだろう。
蛇を腕に巻きつけた打撃は僕にとってはかなり強力な攻撃であるつもりだった。しかしそれを数発打ち込んでも撃破には至らなかった。それは、このホタルのイレイズが普段の敵よりも一段上の強敵であることを示していた。
神経を研ぎ澄ませて辺りの音に耳を傾けるも、モールの広場内は静寂に包まれている。
「……いない。もしかして逃げた?」
イレイズが吹っ飛んだ方向を手探りで調べてみると、コンクリートの壁にヒビが入っているのは確認できたが、肝心な敵の本体が見当たらない。
「そんなわけない。たぶん何処からかあたしたちを狙ってる」
確かに石上の言う通り、知能の高いイレイズが自分から有利な状況を捨てるとは思えない。それに、どの道僕たちを殺さない限り敵も魔鐘結界から出ることは出来ないのだ。
円なら姿が見えなくとも気配で存在を探知できるのだろうが、あいにく僕も石上もそんな便利な能力を持ってはいない。
(どこだ……どこにいる……?)
姿の見えない相手。似た特性なら、僕は以前カメレオンのイレイズと対峙したことがある。その敵は実際に身体の色を透明にして僕たちの目を欺いていたが、今回は恐らく違う。光を操る能力を最大限発揮するために「暗闇」という状況を利用しているだけだ。姿そのものを消しているわけじゃない。
僕は炎の蛇に意識を集中させ、大きくとぐろを巻くようにふわふわと漂わせた。
蛇の炎が松明の代わりとなったことで微かに視界が開ける。石上も少し離れた位置で臨戦態勢を取っていた。
「うっ」
「九条!?」
だが敵の姿を発見する前に強烈な眩暈に襲われて僕の意識は一瞬途切れた。炎の蛇を長い時間出現させていると意識が持っていかれてしまうのだ。それに加えて先ほどの目眩しがまだ響いているようで、蛇の形をいつものように保てない。
蛇を使って敵の姿を探る作戦は失敗に終わった。
「外出るわよ。歩ける?」
「う、うん」
建物内よりは外の方が安全と判断したのか、ふらついている僕の右腕を掴み石上が先行した。視界は相変わらず不自由だがショッピングモールの大通りは吹き抜け構造になっていて天窓から月の光が射し、出口の方向くらいは判別できる。
太い柱のある大通りを真っ直ぐ抜けて、右手にエスカレーターが見えたらそこを曲がった先に外に通じる大きな自動ドア。そこまで行けばこの暗闇から脱出できるはずであった。
「な、なんだこれ……?」
自動ドアまで辿り着いた僕たちを待っていたのは予想もしない光景だった。
大きなガラスの自動ドアには一面びっしりと、直径30cmはある円盤のような謎の物体で隙間なく埋め尽くされていた。
左腕から炎の蛇を出現させて照らしてみると、円形の物体は先ほどのイレイズの身体に埋め込まれていた球体に酷似している。当然ながら近付いても自動ドアはうんともすんとも言わず、まるで僕たちを出さないよう壁を張っているように見えた。
「あいつ、こんな能力も持っているのか……」
ただ光を操って目眩しをしたりビームを放ったりするだけではない。身体の一部である球体を分離させて罠のように使うことまで可能なようだ。知能の高い敵となれば、もしかしたら他にも奥の手を隠しているのかもしれない。
「壊すしかないわね。ちょっと退いて」
石上が氷の
「壊すって、自動ドアごと!? そんなことして大丈夫?」
「何言ってんの、非常事態でしょ!」
なるべく建物の損害を少なく済ませようとする僕の心配を石上が正論でねじ伏せた。確かに既に電源が破壊されている状況で自動ドアの一つがなんだと言う話だし、何より命が懸かっている状況でそんな悠長なことなど言っていられない。
僕が恐る恐る退がると石上は
その時である。
「うわっ!?」
自動ドアに張り巡らされた全ての円盤が突然に強烈な光を放った。だが石上の反応は一瞬遅く、
「……っ!」
直後「バチッ!」と鋭い音と共に石上が手を引っ込め、彼女の手から
「石上!?」
「平気よ、このぐらい。ちょっとビリッときただけ」
何事かと石上の顔に視線をやると、奥歯をぎりりと噛み締めながら右手の甲をさすり痛みを堪えているような表情をしていた。とても平気な様子には見えない。
「これってまさか……」
「そうね。電気……かしら」
円盤が発するのは光だけではない。その表面には強力な電流が流れており、自動ドアは触れる者を問答無用で傷付ける鉄壁と化している。
ドリル形態の
「それじゃあ、これを消すにはあのイレイズを倒すしかないってことか……」
ホタルのイレイズは既に出現した段階で僕たちを閉じ込める準備をしていたのだ。恐らく他の出口にも同様の円盤が仕掛けられているのだろう。今までにない程に用意周到で狡猾な敵である。
「明るくはなったけど、たぶん罠だよね」
自動ドアに張り付いた円盤は直視すると眼が痛いほどにギラギラと光を発していて、僕たちの視界は先程までの暗闇が嘘のように開けていた。だが、未だホタルのイレイズは姿を現さない。
「自分を倒したかったら、暗闇の中に飛び込んで来いってことね。奴が用意した檻の中に……」
再び
「僕が先行するよ。ちょっとは明かりの代わりになるし」
僕の提案に石上が無言で頷く。最初の目眩しを受けてから時間が十分に経過したので炎の蛇は安定して生成できた。
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