このやりこみを、無駄にはできない
電話が終わってからも、しばらく鷲尾さんの言葉を頭の中で
記憶を取り戻すのを諦め、現状のままにしておく。
そうすれば横領の件は追及されないかもしれない。
そして、響子の生活は僕がサポートすればいい、と鷲尾さんは言った。
それはきっと、鷲尾さんが身を引く、ということを暗に意味するのだろう。
響子が僕に会えないと言っている理由も、もしかしたら鷲尾さんは知っているのかもしれない。
どうすることが響子のためになるのか。
ただそれだけを考えたいのに、いろんな感情が混じり合って冷静な判断を下せない。
……響子を信じたい。
でも、僕の知らないどうしようもない事情があるのだとしたら?
僕には想像もつかなかった苦労をしてきた響子だ。何かがあってもおかしくない。
鷲尾さんの提案に乗る方がリスクは少ない、という考え方もある。
……もし記憶を戻さずにいると、どうなる?
現時点の響子は、自分を高校生だと思っている。
つまり、辛かった時期のことを忘れて人生をやり直すようなものだろうか。
それはそれで幸せなのかもしれない。
……だけど、そう思うのは僕がそう望んでいるからなんじゃないのか。
あの頃の響子と一緒に、十年前からやり直せる。
選択肢を間違えた直前のセーブデータからロードするみたいに。
今なら、そんな夢みたいなことが可能だということ。
でも。
……本当にそれでいいのか?
本当に、それで。
思考が完全に行き詰ってしまった。
大きなため息をついて視線を落とす。
ふと、出しっぱなしの『FF7』のディスクとメモリーカードが視界に入った。
そういえばセーブデータを確認するつもりで準備をしていたのに、響子のゲーム日記を見つけて、すっかり意識がそちらにいっていた。
せっかくここまで準備したのだからと、現実逃避をするようにディスクをセットして本体の電源を入れてみる。
“SQUARESOFT”のロゴのあと、黒い背景のなか大きな剣が立てかけられている画面が表示される。
データのロードを選択すると、セーブデータがいくつか表示された。
一番上のセーブデータはきっと一緒に遊んでいたときのものだ。
セーブした場所が“忘らるる都”と書かれている。なんとなく見覚えがある。
ここまで進めたところで、響子にメモリーカードを貸したんだ。
そして上から二つめのセーブ。
一瞬、見間違えたかと思い、目を凝らす。
そのレベルは99で、HPもMPも9999。
完全に最強の状態まで育成している。
そのレベル99のデータを選択すると、「DISC3に交換してください」と表示された。
終盤のデータなのだから、考えてみたら当たり前だ。
すぐにケースからDISC3を取り出してセットする。
セーブしていた場所の近くには、FFシリーズお馴染みの飛空艇があった。
フィールドの音楽は僕が知っている壮大な曲と違い、どこか物悲しさが含まれていた。
メニュー画面を開くと、パーティーメンバーの顔が表示される。
クラウド以外のパーティー編成は、レッド
間違いない。これは響子のデータだ。
“キョウコ”と名前を付けていた
僕とは違い、しっかりと時間を進めていたんだ。
「……このやりこみを無駄にするわけには……いかないよな」
そんな独り言と一緒に、ほんの少しだけ笑いがこぼれてしまう。
そういえば、響子のゲーム日記には『FF7』のファイルは見当たらなかった。
ということは、ここまでやり込んでいたのは、ごく最近ということなのだろう。
ふと、疑問が浮かぶ。
鷲尾さんが言うように、もし金銭に困っていたとしたら、果たしてこんなやり込みをする余裕があるだろうか。
――やっぱり違う。響子は無実だ。
でも、鷲尾さんは証拠があると言っていた。
僕がいくら無実を確信したとしても、それだけじゃ意味はない。
何かをしていない、という証明はただでさえ難しい。本人に記憶が無いので否定することもできない。
せめて大人の響子がどういう生活を送っていたのかを客観的に知ることができれば――。
「あ。……あれなら、もしかして」
ふとした思い付きが頭をよぎる。
翌日、僕は休暇をもらっていたけれど、病院に向かった。
源先生のいる院長室に入り、先生に相談をする。
「先生、試してみたいことがあります」
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