意図を読み、逃げ道を塞ぐ詰将棋
「すみません、勝手なことをして」
父親が立ち去ったあと、茫然と立ち尽くしていた僕に向けて、鷲尾さんが言う。
「交渉するにしても説得するにしても、情報は多いに越したことはないと思って」
ああ、探偵を使って調べたことを言っているのか。
「いえ、それならむしろお礼を言いたいです。おかげで十年間ずっと疑問に思っていたことが、やっと腑に落ちました」
横領と浮気。そんなスキャンダルな噂はすぐに広まる。
きっと周囲の大人たちは知っていたのだろう。
だからこそ、響子の家族は引っ越しせざるを得なかった。
僕の言葉を聞き、鷲尾さんがほっとした顔をする。
「会社からの刑事告訴は免れたものの、それは結果論ですからね。響子さんの家族が親戚や知人と距離を置いたのは当然の心理だと思います。そして、逆もまた然りです」
最初に源先生が言っていたことを思い出す。
響子の容態について親戚に連絡をしたとき、すでに縁を切っていると拒否された、と。
「響子さんも、水無瀬さんに連絡を取るのを両親から禁じられていたのかもしれませんね」
思えばあの頃の僕は、ただ連絡を待つだけだった。本当は自分から動くべきだったのに。
いまさら後悔しても仕方ないが、それでも自分の行動力の無さが悔やまれる。
「ただ、これでストレスの原因が父親であるとはっきりしましたね。あれだけ言えば、もう近づかないとは思いますが、私たちも響子さんの前では父親の話題には触れないようにしましょう」
そうか。今はまだ大丈夫だとしても、記憶が高校生の頃まで戻ったときには気を付けなければいけない。源先生にも伝えておかなければ。
「そういえば、さっき言っていた……失踪宣告って、あれは本当なんですか?」
「ええ。もちろん最終的な判断は響子さんの意思に委ねましたが、本当のことです」
鷲尾さんが目を細めて言う。
「初めて響子さんにお会いしたのは弊社の入社面接の際でしたが、そのときから、とても真面目な方だとは思っていました。それと同時に、危うさも感じていました」
僕が知る響子のイメージとはかけ離れていて、まるで別人の話を聞いているような気になる。
「後々、事情を聞かせてもらって納得しました。せっかく肩代わりした返済を終えたと思えば母親の病気が発症、数年ぶりに父親と再会したかと思えば金の無心……。せめて一つくらいは解放させてあげたいと思い、失踪宣告をしてはどうかと勧めてみました」
「なるほど……」
「今日、父親に直接お会いして、少なくとも響子さんに良い影響を与えないだろうと確信したので、ちょっと乱暴な言い方になってしまいました。お気を悪くされたならすみません」
苦労の連続のなか、この人に出会えたことは響子にとって幸運だったんだろう。
「いえ、さすがです。さっきの父親とのやり取りも、なんていうかすごいなって。僕だけだったら、きっと向こうの言い分に押し切られて、病院へ連れて行っていたかもしれません……」
そうなれば、響子はいったいどうなっていたことか。
歯を食いしばる僕に、鷲尾さんが微笑んで言う。
「
ああ、この人がいれば、響子は安心だ。
鷲尾さんは僕のことをライバルなんて言ってくれたけれど、勝負になんてなりはしない。
きっと響子は“オメガ”も“しんりゅう”も倒したことだろう。そうすれば、また次のソフトへ進める。
残るはスーパーファミコンのソフトが数作品と、プレイステーションの『FF7』。
響子と水無瀬さんの曖昧な関係も、それらをクリアするまでだ。
寂しさもあるが、響子は幸せにならなきゃいけない。
胸の奥で何かが引っかかっているけれど、きっとそれはただの“嫉妬”。この宝箱は開けない方がいい。
そう思い、それ以上考えるのはやめた。
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