前もって、攻略対象の情報を
「なんで……君がここに?」
父親が眉をひそめて僕に問う。
「話すと少し長くなるんですけど……」
目的は彼を糾弾することではなく、情報を聞き出すことだ。
慎重に進めなければならない。
「どうぞ、って僕が言うのもなんですけれど、まずは入ってください。夜とはいえ、蒸し暑いでしょう」
じっくりと話を聞くために、部屋へ誘う。
父親はきょろきょろと辺りを見回したあと、小さくうなずいた。
僕を怪しんでいるというより、なにかに怯えているように見える。
父親を居間へ座らせ、ペットボトルのアイスコーヒーを紙コップに注ぐ。
「こんなものしか出せませんけれど、どうぞ」
できるだけ穏やかな声色で、敵意がないことを示す。
「……で、なんで錦くんが? 響子はどこにいるの?」
「その質問に答えるためには、まず伝えるべきことを伝えなければなりません」
一呼吸を置いて、ゆっくりと言う。
「響子はいま入院をしています。原因は、過労とストレスだそうです」
記憶喪失のことはまだ伏せておく。
娘に金銭をたかりにくるような父親を、手放しで信用するわけにはいかない。
父親は、そうか、と小さく呟き、コーヒーを一口で飲み干した。
そして、それ以降は黙ってしまった。響子の容態を心配する素振りもない。
「で、僕がここにいる理由は、おじさんに会うためです」
「……ああ、わざわざ教えてくれて、ありがとう」
父親は僕の顔も見ずに言う。
「ちがいます。ストレスの原因を知らないか、聞くために、です」
失望が苛立ちを加速させる。
「最後に響子に会ったのはいつですか?」
「……」
「おばさんが亡くなったことは知ってるんですよね」
「……ああ、電話で聞いた」
「お葬式には参加しなかったんですか?」
「……事情があって、できなかった、よ」
「それは……おじさんの借金と関係がありますか?」
ようやく父親が顔を上げた。泣きそうな顔をしている。
「十年前、家族ごと突然いなくなったのも、そのせいですか?」
「それは……。ああ、そうだ。実は……友人の連帯保証人になっていたせいで」
父親が急に
「そのせいで……家族には辛い思いをさせてしまった……。錦くんの家族にも迷惑をかけないために、何も言わずに離れようと……」
「そう、だったんですか」
「それからは響子の協力もあって、なんとか借金は返し終えたんだ。でも、いまの仕事に行き詰ってしまって……響子にまた甘えてしまったよ……」
僕が知っているあの気弱で優しい父親と、いまの目の前に座っている彼の姿が、少しずつ重なっていく。
「でも……そこまで響子のストレスになってたとは……本当に申し訳ないことをした……。どこの病院に入院してるのか、教えてくれるかな」
伝えてもいい、よな。
面会してもいいかどうかの最終的な判断は源先生がするだろうし。
病院の名前を口に出そうとしたとき、居間の扉が開いた。
「水無瀬さん、ダメですよ。騙されたら」
「鷲尾さん!」
父親を招き入れる直前、たしかにメールを送っておいたけれど、本当に10分足らずで来てくれた。
「……えっと、君は?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。響子さんと個人的なお付き合いをさせていただいております鷲尾と申します」
父親が言葉に詰まっている。
そんな様子を気にすることなく、鷲尾さんは僕を見て笑う。
「本当に、水無瀬さんはお人好しですね」
どういう意味だ?
「途中から話は聞かせてもらいました。御友人の連帯保証人、とおっしゃいましたっけ?」
鷲尾さんが父親に向けて問う。
なぜだろう。少し楽しそうに見える。
「……そうだけど、それがなにか」
「実は、探偵を使って調べてさせていただきました。引っ越しをされた時期を水無瀬さんから教えていただいたおかげで、調査は思いのほか早く終わったようです」
いつのまにそんなことを。
「さすがに本当の理由は言いづらいですか」
「……っ」
父親が口を開こうとするが、鷲尾さんが人差し指を立てて制止する。
「報告によると、当時勤めていた会社の金銭を私的に流用して、懲戒処分を受けたそうですね。そして、同時に社内の女性との交友関係が明るみになり、退職は免れなかった」
鷲尾さんが淡々と言うせいで、あまり深刻なことのように聞こえない。
「要するに、横領と浮気、ですね。もしかすると、浮気相手との交際にお金が必要になり、横領せざるを得なかった、ということかもしれませんが、その部分の因果関係は私の推測です」
父親は黙ったまま、うつむいている。
否定しないということは、本当なのか。
「会社への返済義務を条件に刑事告訴は免れたようですが、数年後、響子さんとお母様を置いて失踪されたようですね。私も会社の人事をしているので、似たようなケースの話は聞いたことがあります。喉元過ぎればなんとやら、でしょうか。決して少なくない金額を返済し続けるのは、馬鹿らしく思ってしまう人もいるとか」
父親はまだ黙ったままだ。
違う、そうじゃない、と言ってくれることを、僕は期待しているのだろうか。
だって、鷲尾さんが言っていることが本当だとしたら、この男が元凶じゃないか。
「響子さんの真面目な性格が災いして、会社への返済は響子さんが行っていたようですね。高校を卒業したばかりの頃からずっとですから、その苦労が偲ばれます。そして、ようやく返済が完了したことをどこかで聞きつけたあなたは、響子さんに金銭の無心に来た。また、どこかで借金を作られたようですね」
殴りかかりたくなる気持ちをなんとか抑える。
どうして鷲尾さんは、こんなに冷静に話せるのか。
「……の問題だ」
父親がぽつりと言う。
「……家族の問題だ。他人が口を出すことじゃない」
この野郎。
「水無瀬さん、落ち着いて」
鷲尾さんの腕が僕の身体を止める。
無意識に、父親につかみかかろうとしていた。
「それがそうでもないんですよ」
鷲尾さんが静かに父親へ語りかける。
「……あんたが響子と結婚しているとでも? そうなら、あんたに返済を手伝ってもらえるのかな」
この人は。どこまで。
「残念ながら、そうではありませんね」
鷲尾さんが肩をすくめて言う。
「失踪宣告ってご存知ですか? 行方不明になって7年以上経過したとき、法律上では死亡扱いにすることができるんです。ついでに相続放棄もできます。実は、響子さんから
「は? そんなのおかしいだろう!?」
「そうですね。実際には生きていますからね。家庭裁判所での取り消しの審判をすればもちろん撤回は可能です。かなり煩雑な手続きになりますが」
「……っ!」
「当然、裁判所なんて公の場には行けませんよね。いろいろなところから逃げ回られているみたいですし、大変ですね。まあ、響子さんの苦労とは比べるまでもありませんが」
鷲尾さんが僕の方に目を向けて言う。
「それに、水無瀬さんからお聞き及びの通り、今の響子さんは入院しています。会社も休職中ですから、もちろん支払い能力はありません。逆に、響子さんの治療費が父親であるあなたに請求されることになるでしょうね」
そして、茫然とする父親に向かい、最後にこう言い放った。
「どうぞ、今後はご自分でなんとかなさってください」
攻略対象に向けて事前に情報を集め、それを元に次々と追い詰めていく。
数日前に響子が叫んでいた“魔法剣サンダガ二刀流みだれうち”。まさに、そんな言葉が頭に浮かんだ。
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