大人のカウンターで、窮地を切り抜ける
「ゆっくりと進めましょう。せっかく安定してきているのですから」
いまやっている『FF4』を響子がクリアしたら、次はプレイステーションを渡してみてもいいだろうか。そんな提案をした僕に対して、源先生は諭すように言った。
「焦りは禁物です。まずはスーパーファミコンのソフトを順番にさせましょう」
先生の言うことはごもっともだ。
でも、僕はできるだけ早く先へ進めたかった。
「それに、プレイステーションで遊んでいたのは、彼女が高校1年生の頃、ということでしたよね」
「ええ。高1の終わり頃です」
つまり、僕が中学3年生のとき。高校受験直前だったけれど、合格ラインには十分達していたので、余裕ぶって響子と一緒に遊んでいた。
そして、受験の直前に、響子は家族とともに姿を消した。
「もし、その頃の記憶にストレッサーが潜んでいた場合、また振り出しに戻らないとも限りません。慎重にいきましょう」
「たしかに、そうですね……」
僕がまだ納得できていないように見えたのか、先生が言葉を付け足す。
「水無瀬さんのご負担になっていることには申し訳なく思います。ご自身の仕事もあるでしょうし」
「いえ。僕、フリーターなんで……日雇いのバイトで食いつないでるだけなので、時間には融通が利きますから」
別に言わなくてもいいことだが、隠すことでもない。
むしろ言えてよかった。あまり立派な人間だと誤解されても困る。
「ありがとうございます。では、無理のない範囲でかまいませんので、これからもご助力お願いいたします」
「ええ、もちろん。……それに、久しぶりのレトロゲームも楽しいですし」
楽しい。それは紛れもなく僕の本音だ。
響子が遊ぶ様子を後ろから見ながら、ときどき攻略の手助けをする。そんな時間が、妙に居心地が良くて。だからこそ、落ち着かない。
致命的なことが後ろに潜んでいるとわかっているのに、見て見ぬふりをして今を楽しむことができるほど、僕は器用じゃない。
「せっかくですし、顔を見せて行かれますよね? 最近では“錦くん”の次に、“水無瀬さん”の名前が挙がるようになりましたよ」
攻略のアドバイス目当てなんだろうけれど、それはそれで光栄だ。
「そうですか。じゃあ、挨拶だけしてきます」
院長室を出て響子の病室に向かうと、いつも通り響子はゲームに勤しんでいた。
「あ、水無瀬さん! こんにちは!」
響子は元気よく挨拶をし、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ねえ水無瀬さん、聞いて! カインがまた裏切ったんだけど!」
テレビ画面を見ると、もう終盤までゲームは進んでいた。
「クリスタル取られちゃったよ! 装備させてた“ディフェンダー”も戻ってきてないし!」
たしかに、あそこの裏切りは衝撃的だよな。最新の武器も装備させてたらそのまま持っていくし。
「なんか可哀そうって思ってたけど、もう無理! この人、もう信じらんない!」
「まあまあ。目の前で好きな人が恋人と一緒にいるっていうのは、やっぱり辛いんだと思うよ。そこをゴルベーザに付け込まれたわけで」
なんで僕は
「んー、そういう嫉妬心っていうの? わからなくはないけど……」
こほん、と小さな咳を払い、響子が言う。
「……そういえば水無瀬さん、恋人いないの?」
ようやく落ち着いたかと思えば、思いもよらぬ質問を浴びせてきた。
「え? なんでいきなり?」
「なんか、気になって」
どういう意味だ。
ああ、『FF4』の色恋沙汰の雰囲気にあてられたのか。この場面だと、
「いない、かな」
別に見栄を張るところでもない。正直に答える。
だが、響子は追い打ちをかけてくる。
「じゃあさ、好きな人は? さすがにいるでしょ?」
響子とこういう話をしたことはなかったけれど、やっぱり女子はこういう恋バナが好物なのか。
だが、さすがに恥ずかしくて言えるわけがない。
「ん、秘密」
「えー、けちー」
「じゃあ、響子ちゃんの方はどうなの? クラスに好きな男子とかいるの?」
昔は聞きたくても聞けなかったこと。まさか、今になってこんなことを言う機会ができるとは。
「え、わ、私!?」
そんな大人のカウンターで窮地を切り抜ける。
危ないところだった。
「えーっと……」
よしよし、
「……絶対、絶対、絶~っ対、誰にも言わないでね!」
予想外の反応にこちらが面食らう。
そして、響子は内緒話をするように続けた。
「あ、あのね。私、ね。……錦くんが、好き、なの」
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