🎮ファイナルファンタジーⅦ〔Disc2〕

心の奥底で何を考えているのかなんて

 もしかしたら響子にとってはこれが日記帳のようなもので、プレイステーションはその隠し場所だったのかもしれない。

 そう思い、CD‐Romの中身を隅々まで確認したけれど、やはりゲームのこと以外は何も書かれていなかった。

 残念ながら、記憶喪失に関わる情報は得られそうにない。


 でも、そこには僕の知らない響子がいた。


 僕は知らなかった。

 響子が――。


 ――『ドラクエ4』を一番好きだったということも。


 ――『FF4』のキスシーンでそこまで衝撃を受けていたことも。


 ――『ドラクエ5』の攻略本のことに気付いていたことも。


 ――『FF5』の僕の攻略方法に思うところがあったことも。


 ――『聖剣伝説2』の曲名を全部覚えてくれていたことも。


 ――『ロマサガ2』の楽しみ方を僕よりもわかっていたことも。


 ――『クロノ・トリガー』をRPGの集大成とまで思っていたことも。


 ――『ドラクエ3』がファンタジー作品に与えた影響まで考えていたことも。


 僕は全然知らなかった。


 何年もの時間を一緒に過ごして、何作ものゲームを一緒に遊んで。

 それだけで響子の全部をわかった気になっていた。


 だから、十年前に姿を消したときのショックは大き過ぎて。

 今だって、突然拒絶されたことに愕然としてしまっていた。


 人にはそれぞれ事情があって、心の奥底では何を考えているのかなんてわからない。

 言葉にすれば当たり前のことなのに、距離が近過ぎたせいで、そんなことも見えなくなっていた。


 どうして響子が、僕とは会いたくないと言ったのか。

 どうしてそれを、響子自身の問題だと言っているのか。

 どれだけ考えても、理由なんてまったくわからない。


 でも、きっと僕の知らない事情があるんだろう。


 だから、待とう。

 響子自身の問題が解決するまで。

 十年以上会えなかったんだ。少し待つくらい、なんとでもない。


 そして、できることなら、いつかは響子の本心を知りたい。

 何を考えているのか。どう思っているのか。


 そうだ、知りたいんだ。

 僕の知らない響子のことを、もっと。


 どうして? 

 なにをいまさら。

 理由なんて、もうとっくにわかってるじゃないか。

 僕は、響子のことが、今でも――。



 「好きだから」



 ……不思議だ。

 自分の正直な気持ちを認めただけ。

 自覚していたことを言葉にしただけ。

 それだけなのに。


 驚くほどに心が前向きになる。

 落ち着かなくなるくらい心臓が高鳴る。

 心の底から活力が湧いてくる。

 

 何かをせずにはいられない。

 待つ、と決めたものの、なにか今の自分にできることはないだろうか。

 そう考えたとき、一つだけ思い浮かんだ。

 ほんの少し躊躇したけれど、この勢いに乗ってやってしまえと、思い切って携帯電話の履歴から通話ボタンを押した。


 発信先は、鷲尾さん。


 もしかしたらまだ仕事をしているかもしれないけれど、都合が悪ければあとで折り返し電話をしてくれるだろう。

 呼び出し音が数コール鳴った後、「はい、鷲尾です」と落ち着いた声が電話口で響く。

 なんとなく普段よりも声色が暗い気がする。それに、電話の後ろではザワザワと話し声が聞こえる。


「あ、あの。お仕事中、すみません」


「いえ、大丈夫です。私も、ちょうど水無瀬さんに連絡を取らなければと思っておりましたので」


 それならちょうどよかった。

 もしかして、響子の状況に変化があったのだろうか。


「そうでしたか。僕もお伝えしたいことがありまして」


 僕も響子のことが好きだ。

 そのことを鷲尾さんに宣言する。

 それが、僕のことを恋敵ライバルと言ってくれた人に対する誠意だと思った。

 だからどうする、というわけではないけれど、きっとこれが最低限のスタートラインだ。


「あのですね――」


「水無瀬さん、実は――」


 会話が衝突してしまった。

 鷲尾さんの声が深刻そうに感じたので、先に向こうの話から聞くことにする。


「ええと、なんでしょう」


「……落ち着いて、聞いてください」


 もしかして電波の状況が悪いのか、と思うくらいの沈黙が流れたあと。


「……牧野さんが……会社で横領をしていたことが発覚しました」


 鷲尾さんの絞るような声が、とても遠くから聞こえた。

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