記憶の扉を開くのは

 『ドラクエ3』のプレイを始めて3日目。ゲームは中盤の山場へと差し掛かっていた。


 長い洞窟ダンジョンを抜け、ようやく地上フィールドに出る。パーティーのHP・MPも、あやうく尽きかけようとしていた。


「すごく長かったねえ」


「ネクロゴンドの洞窟は『ドラクエ3』のなかでも最難関のダンジョンだからね。敵もかなり強かった。もうアイテムほとんど無いよ」


 ずっと洞窟にこもっていたので、久しぶりに見るフィールドの解放感は格別だ。

 でも洞窟でひたすら戦闘をしたおかげで、勇者のレベルはようやく30を超えた。もう少しでバラモスも倒せるレベルだ。


「あ! もしかして、あれがバラモス城?」


「そう。やっと見つけたね」


 目の前には怪しげな城が見える。でも、海と山に囲まれていて、このままでは行けない。


「あそこまで、どうやって行くの?」


「まだ行けないね」


「ええ? じゃあ、なんのためにここまで来たの?」


「それはね」


 近くにある小さなほこらに入る。すぐそこのバラモス城に気を取られて目立たないが、あの長いダンジョンをわざわざ通ってきた目的地はこっちだ。

 中にいる男に話しかけ、重要なアイテムを受け取る。


「この“シルバーオーブ”を取りに来たんだよ」


「それだけ? そういえば、なんとかオーブって他にも持ってたよね。村を発展させてもらったり、牢屋のなかで拾ったり。何かに使うの?」


「うん。これで6つ全部そろったから、ようやく――」


 せっかくなので、何も言わずにこの後の展開を見せることにする。


 南の果てにある氷の大陸レイアムランドの片隅に、ぽつんと佇む祠へと向かう。

 祠の中央には大きな祭壇があり、何かのまつられている。

 それを取り囲むように6つの燭台が置かれており、祭壇の前には二人の巫女が立っている。


「ここは?」


「ここに集めてきたオーブを置くんだよ」


 世界を駆け巡って集めてきた6つの“オーブ”を、一つずつ燭台に置いていく。

 レッドオーブ、グリーンオーブ、ブルーオーブ、イエローオーブ、パープルオーブ、そしてシルバーオーブ。

 全てを置き終えたとき、流れる音楽が変わり、画面が暗くなる。

 オーブが光り、中央の卵の胎動が始まる。


 二人の巫女が交互に言う。


「わたしたち」

「わたしたち」

「この日を どんなに」

「この日を どんなに」

「待ちのぞんでいたことでしょう。」

「さあ 祈りましょう。」

「さあ 祈りましょう。」

「ときは 来たれり」

「いまこそ 目覚めるとき」

「大空は おまえのもの」

「舞い上がれ 空たかく!」


 卵が割れ、白く美しい鳥ラーミアが生まれる。


 巫女に促され、祠の外に出ると、ラーミアが勇者たちを待っている。

 そして、ラーミアの背に乗り、空へと飛び立つ。


「すごい……おっきな鳥に乗ってる……気持ちよさそう」


 響子が感嘆の声を上げ、画面を見つめている。


「せっかくだから、動かしてみる?」


「……うん」


 響子はおずおずとコントローラーを受け取り、ゆったりと世界中を飛び回る。。


「この曲……すごく、好き」


 響子がぽつりと言った。

 ラーミアに乗っているときに流れるのは“おおぞらをとぶ”という曲。


 自由に空を舞う雄大さ。

 空から眺める自然の美しさ。

 身に染みるほどの世界の広さ。

 

 そういったものが曲を通して伝わってくるような気がする。


 こうして改めて聞くと、スーパーファミコンの音源とは思えないほど綺麗だ。まるでオーケストラの演奏のように聞こえる。

 そういえば、響子は昔もこの曲が特にお気に入りだったっけ――。


 そのとき、確信に似た閃きが頭の中を走った。


「……音楽」


「え?」


「あのさ、今度ゲームのCDいろいろ持ってくるから、聞いてみて!」


「え? え? どうしたの、いきなり」


 どうして気付かなかったんだろう。

 響子はこれまでもずっと、ゲームで流れる曲のことを気にしていたじゃないか。

 記憶の扉を開く鍵になるのは、もしかしたら音楽なのかもしれない。


 まるでラーミアに乗ったときのように、目の前の世界が開けた気がした。

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