これまでの冒険は、消えることなく

「なんか、ちょっとドキドキする……」


 両耳にイヤホンを装着しながら響子が言う。

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうに見える。


「これも治療のため、なんだよね?」


 うん、と彼女に向けて小さくうなずき、音楽プレイヤーの準備を続ける。


 ゲームの音楽を聞かせてみてはどうだろうか。

 その思い付きを先生に相談したとき、試す価値は十分にあると太鼓判を押してもらった。

 そして、いまこうしてゲームミュージックの鑑賞会が開かれている。


 音楽プレイヤーの中で作成したプレイリストは、どれも響子が好きだった曲だ。

 思ったまま聞いた感想を教えて欲しいと響子には伝えてある。


「じゃあ、始めるね。思い浮かんだ場面をそのまま喋ってね」


 響子がこくりと相づちを打つ。

 僕は念じるように再生ボタンを押した。

 


[ファイナルファンタジーⅥ “アリア“]


「……オペラ? お城……みたいな舞台で、女の人が歌ってる。白いドレスを着て……ちょっと恥ずかしそうに」


 ゲームのなかでオペラを行うというユニークなイベントで流れる曲。成り行き上、仲間の魔法剣士セリスがオペラ女優として歌う場面だ。

 スーパーファミコンとは思えない、本当の歌声のような音声が流れる。

 『FF6』で響子が好きだったシーンだ。

 予想以上に、ちゃんと連想ができている。



[ファイナルファンタジーⅥ “仲間を求めて“]


「……空を、飛んでる? いやなことを吹っ切って……もういっかい頑張るぞって感じで」


 ゲーム終盤、世界が滅ぼされかけて絶望感にひしがれるなか、飛空艇で仲間を探しに飛び立つときのフィールド音楽。

 それまでずっと陰鬱だったフィールドが、再起した活力に溢れる。

 憂いを秘め、それでも希望を秘めた疾走感のある印象強い曲だ。



[聖剣伝説3 “Powell”]


「……森の中で……夜かな? でも、全然怖い感じじゃなくて。あ……ウサギみたいなモンスターがいそう」


 『聖剣伝説3』序盤の“ラビの森”で流れる曲。

 打楽器と笛の不思議な旋律が、森の神秘さを感じさせる。

 絡み合う複数のメロディが、重なり合う6人の主人公たちのストーリーを思わせる。



[聖剣伝説3 “Swivel”]


「……仲間と一緒に戦いながら走ってる感じ。黄色いレンガの道……みたいなところ?」


 序盤のフィールド“黄金街道”で流れる曲。

 南米の民族音楽を思わせるアップテンポでリズミカルな曲で、響子はよく鼻唄を歌っていた。

 『聖剣伝説3』の音楽は曲名が全て英語だけれど、タイトルの意味はよくわからない。



[ロマンシング サ・ガ3 “ポドールイ”]


「……雪が降ってる……静かな町。ちょっと寂しい感じ、かな?」


 『ロマサガ3』の序盤で訪れるポドールイという町で流れる曲。

 オルゴールを思わせるような綺麗で儚げなバラードが、雪の降る町の景色と合っている。響子はこの曲を聴きたいがために、用もないのによくこの町に寄っていた。



 [ロマンシング サ・ガ3 “カタリナのテーマ”]


「……何かを取り戻そうと決意して……そうだ、髪を切った人?」


 8人のキャラクターから選ぶ主人公のうちの一人、カタリナ。とある失敗の責任を取り、序盤で髪をばっさりと切る。

 そのキャラに憧れたのか、その時期は響子もショートカットにいた。(あまり似合ってはいなかったけれど。)

 連想がどんどん具体的になってきた。きっと良い傾向だ。



 [ドラゴンクエストⅥ “木洩れ日の中で”]


「あー、町! もう、いわゆる町って感じの町!」


 『ドラクエ6』のいろんな町で流れる曲。

 とても明るく元気のいいメロディで、響子の言う通り、ドラクエで“町”というと、この曲のイメージが強い。



 [ドラゴンクエストⅥ  “ぬくもりの里に”]


「なんか、ほんわかした場所。……どこにでもありそうで、でも幻想的なところ」


 『ドラクエ6』の井戸などで流れる音楽。

 この作品の井戸は、別の世界へとつながる大事な場所であり、やはりこの曲も印象深い。



 響子の連想は、完全にゲームを想起していると考えていいだろう。

 実際にゲームをするのと同じくらい、いやそれ以上に効果があったのかもしれない。


 ずっと、いろんな世界を旅してきたこれまでの冒険は、響子のなかで消えることなく残っている。

 いろんなキャラクターや出来事が、響子を支えてくれている。


 記憶は不思議だ。

 大事なことをぽっかりと忘れてしまったり、些細なことをいつまでも覚えていたり。

 昨日の晩御飯がなんだったかすら、すぐに思い出せないときもあれば、なにかの拍子で突然ずっと昔のことを思い出すときもある。

 きっと、これまで体験したことは頭の奥底に全て大切に仕舞われていて、取り出すことが上手かったり下手だったり、簡単だったり難しかったりするだけなんじゃないだろうか。

 なんとなくだけれど、そんなことを思った。


 響子が強いストレスで嫌な記憶を頭の奥に封じ込めてしまったとしても、楽しい記憶と一緒なら、それに立ち向かえるかもしれない。


 そして、いよいよ用意していたプレイリストの最後の曲になる。

 深呼吸をして、再生ボタンを押す。



[ファイナルファンタジーⅦ “エアリスのテーマ”]


「…………」


 響子が突然黙ってしまった。

 『FF7』は響子の家族がいなくなる直前に遊んでいたソフト。ちょうどこの曲が流れる衝撃的なイベントのあたりまで進んだころ、響子の家族は僕の前から消えた。


 もしかしたらストレスと繋がってしまったのかもしれない。

 もう少し慎重にすべきだっただろうか。


 まだ響子は目を閉じている。音楽に集中しているのか。


 二分ほど経ち、曲が一周したあたりで、響子がゆっくりと目を開ける。

 だが、響子は何も言わない。


「大丈夫……?」


「――水無瀬さん、ううん、


 胸がどきりと弾む。


「……思い出したよ。私、記憶喪失だったんだよね。……どうしてなのかわからないけど、そのこと自体を忘れちゃってた」


 響子が僕を見て、はっきりと言う。これまで見てきた響子の表情とは全然ちがう。

 いや、そうじゃない。これは僕が最後に見た、あの頃の響子だ。


「まだ高校生くらいまでのことしか思い出せないけど……。でも、錦くんが一緒にゲームをしてくれて、ちょっとずつ記憶が戻ってきたこと、ちゃんと思い出したよ」


 ああ、回復できて本当によかった。

 一時はどうなることかと思った。


「そういえば、ちゃんとお礼も言ってなかったよね。……ありがとう」


 そう改めて感謝をされると、どうにも調子が狂う。

 僕が知っている響子よりも、少し大人なのかもしれない。


「あのころ……お父さんのことがあって、もう錦くんと会えないのかもって思ってたけど……こうしてちゃんと会えたんだね。……よかった」


 ああ、本当に。


「私、頑張って記憶を戻すから……。だから――」


 イヤホンから微かに漏れ聞こえる音楽にかき消されて、そのあとに続く言葉は聞こえなかった。

 でも、きっと考えていることは同じ。なんとなく、そんな気がした。

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