やれることを片っ端から全部
『ドラゴンクエストⅢ』は、主人公が16歳の誕生日を迎えた朝、母親に起こされて、王様に会いにいく場面から始まる。
亡き父親の遺志を継ぎ、魔王バラモスを倒す旅に出る、という王道ファンタジーだ。
主人公である“勇者”とともに旅をする冒険の仲間は、いろんな職業から自由に選ぶことができる。
様々な武器や防具を装備することができる“戦士”。
力と素早さの高い“武闘家”。
攻撃呪文を使いこなす“魔法使い”。
回復呪文の使い手である“僧侶”。
アイテムの鑑定ができる“商人”。
あまり役には立たないけれど、ちょっとした秘密のある“遊び人”。
そして、リメイク版から新たに加わった“盗賊”。
そして、職業は中盤以降で転職することができる。転職をするとパラメーターが半分になるものの、覚えた呪文はそのまま使うことができるので、転職後のことまで考慮した職業選びが重要になる。
さらには、リメイク版には性格という設定が加わった。
同じ職業でも性格によってステータスの上がり方が異なるため、さらに奥が深くなる。
仲間の性格は、パーティーに加える際に使うステータスアップのアイテムをどう使うかで変わるので、目当ての性格がある場合は、ある程度の調整が可能だ。
だが、“勇者”の性格だけは、オープニングで行われる性格診断テストのようなものの結果で決まる。いくつかの質問に答えたあと、特殊なシチュエーションの場面に放り込まれ、そこでどのような行動をするかで、性格を診断される。
つまり、プレイヤー本人の性格が反映される、ということ。ステータス上、優れた性格でなかったとしても、妙に思い入れができてしまい、なかなか変えられない人も多いのではないだろうか。
せっかくだから久しぶりに最初の性格診断から遊んでみたい気もするが、あまり悠長なことを言っていられない。『ドラクエ3』はかなりのボリュームで、普通にプレイしてもクリアするまで数十時間はかかる。
とりあえず響子のセーブデータを一つ使わせてもらうことにしよう。
一番上の“ぼうけんのしょ1”はクリア済のマークが付いていたので、“ぼうけんのしょ2”を選ぶ。
このデータの勇者のレベルは21で、船を手に入れたところだった。ちょうど中盤にさしかかったあたりだ。
パーティー編成は、“勇者”ニシキ、“僧侶”キョウコ、“盗賊”ニケ、“魔法使い”ククリ。
仲間の名前は、響子が好きだった漫画のキャラクターから付けたようだ。
ステータス画面を開き、それぞれの性格を見てみる。
ニシキは“ロマンチスト”。
キョウコは“くろうにん”。
ニケは“おちょうしもの”。
ククリは“せけんしらず”。
ニケとククリの性格は……偶然とは思えない。きっと、漫画のキャラクターを意識して、何度も調整してこの性格にしたんだろう。
キョウコは……たまたまなのか、わざとなのか、どっちだろう。
たしか“くろうにん”は、
「私が“くろうにん”って、なんで?」
ずっと黙って画面を見ていた響子が突然、不満の声を上げた。
「錦くんは“ロマンチスト”なんて、いい感じのやつなのに」
「あー、まあ、錦のソフトだし」
“ロマンチスト”は、可もなく不可もなくといった、特徴のない性格だ。アイテムを使って、ステータス上もっと有利な性格に変えた方がいいくらいだ。
けれど、なにか思い入れがあったのだろう。
きっと“ロマンチスト”なのは、響子自身なのだから。
「ねえ、響子ちゃん。これ、見覚えある? 錦がやってるところを見てたんだよね」
振り返り、響子に聞いてみる。
少しでも響子の記憶に引っかかるものがあればいいのだが。
「うーん。……わかんない」
響子が首を横に振る。
やはり、そう上手くはいかない。
「でも」
自信なさげに響子が小さな声で言う。
「音楽は聞いたことある、かな」
「音楽?」
「うん。歩いてるときとか、戦ってるところとか。カッコいいよね」
『ドラクエ3』のフィールド曲も戦闘曲も、非常に勇ましい屈指の名曲だ。特に戦闘曲は高校野球の応援でも使われるくらいだから、印象に残っていたとしてもおかしくはない。
「これから、なにをするの?」
響子が何気なく聞く。
「んーと、船があって……オーブは一個も取ってないか。じゃ、どこに行ってもいいね」
「どこにでも?」
そう。行けるところなら、どこにでも行っていい。
『ドラクエ3』は、シリーズのなかでも特に自由度が高い。船を手に入れてから終盤までは、どういう順番で攻略しようが、全てプレイヤーの自由だ。とにかく世界中を駆け巡って、魔王バラモスの城へ向かうヒントを探す。
「それって……こまらない?」
「困る?」
「うん。だって、どこに行けばいいのか、わからないってことでしょ?」
たしかに、次はあそこに行って、その次はこっちに行って、と決められていれば、悩んだり考えたりせずに済む。きっと、その方が楽だろう。
自由は、ときに重荷になる。
でも、その重荷も背負って自分の好きなように動いてみる。そうして得られるものもある。
「行けるところに、全部行ってみるんだよ」
響子の記憶を戻すための手がかりが、どこにあるのかわからない。
こうしてゲームを見せたって、なんの意味も無いかもしれない。
それでも、やれることを探して片っ端からやってみるしかない。
ゲームも現実も、同じだ。
勇ましいフィールドの音楽が、僕を後押しする。
「それが……冒険だからね」
不安を抑え込むように、そう力強く答えた。
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