選ぶのも、選ばれるのも、大変で

 画面では、ビアンカとフローラが並び、青いターバンとマントを身に付けた主人公が対面している。結婚したいと思う方に話しかける場面だ。


「普通はビアンカだね」

 

 僕はあっさりと答える。

 パッケージの絵では主人公とビアンカが並んでいる。つまり、ビアンカを選ぶのが公式だと考えるのが自然だ。

 だが、その答えでは響子は納得できないらしい。


「でも、でも、自分からフローラと結婚したいって花婿に応募したわけでしょ。それなのに、やっぱりビアンカにします、なんていまさら言うのってどうなのかなって」


 なるほど、あまり深く考えたことはなかったが、響子の言うことはもっともだ。


「ならフローラでもいいんじゃない? イオナズンも覚えるから、フローラの方が強いらしいし」


 らしい、というのは攻略本で見た情報でしかないから。個人的にはビアンカ一択なので、何度プレイしても僕はフローラと結婚したことがない。


「しかも、フローラを選べば、途中で“水の羽衣”とかもらえるらしいよ」


「そうなの!? じゃあフローラの方がいいのかなあ……」


 そう。義理とか人情とか、そういうのを抜きにして考えれば、フローラを選ぶ方が得することは多い。いろんなメリットを踏まえると、フローラを選ぶべきなんだ。

 お金も、ステータスも、社会的な地位も、の方が上。

 ただの幼馴染ってだけで選ぶのは、何もわかっていない子供だけなんだ。


「水無瀬さん……?」


「え?」


 響子が僕の顔をのぞき込みながら言う。


「なんか、嫌なことあった?」


 いつのまにかビアンカに感情移入をしていた自分に気付く。

 表情に出てしまっていたらしい。


「……いや、なんていうか、タイミングって大事なんだなって思って」


「どゆこと?」


「もしさ、フローラに会う前にビアンカと再会できていれば、きっと普通にビアンカと結婚してたと思うんだよ」


「ん、たしかに」


「逆に、ビアンカと再会しなかったら、悩むことなくフローラと結婚してたんじゃないかな」


「そうかも」


 僕のくだらない話を響子は、うんうん、とうなずいて聞いてくれる。


「ちょっとしたタイミングの違いで、こうやって悩むことになる。選ぶのも、選ばれるのも、大変なんだなって話」


「んんー難しい! 余計に悩むー!」


 頭を抱えて必死で考え込む響子を見ていると、少し意地悪をしてみたくなった。


「じゃあさ、自分に置き換えてみるとか」


「自分に?」


「そう。とある事情で、幼馴染の“錦”と十年近く離れて暮らしていました」


「……うん」


「大人になってから、別の男の人と出会って、結婚する申し込みをしました」


「んー……まあ、うん。仮の話だしね」


「で、そのあと“錦”と再会しました。さて、どうする?」


 本当に意地の悪い質問だ。

 響子への仕返しのつもりなんだろうか。


「……錦くんを選ぶ」


「ちゃんと想像してみて。いまは鷲尾さんのことを、本当に好きになってるのかもしれない」


「わしおさん?」


「ん、間違えた。別の男の人のこと。お金持ちで、優秀な人」


「んーー」


 馬鹿だ、僕は。

 ここで「ビアンカがいい」と言わせて、少しでも留飲を下げようとしている。我ながら情けない。


「あ! でも、そっか。わかった」


 響子が何かを思いついたような声をあげる。


「どっちを選ぶべきかって考えるから、わかんなくなるんだ。単純に私がどっちを好きかって考えればいいんだ」


 そっか、そっか、と納得したように、響子は何度もうなずく。


「決めた。私は、こっちを選ぶ」


 響子がコントローラーを握り、力強く言った。


「子供のときのレヌール城の冒険がすっごく楽しかったもん。だから、フローラには悪いけど、私はビアンカと一緒にこれからも冒険したい」


 主人公がビアンカの方へ歩いていく。


 「また 一緒に 旅が できるね!」


 画面のなかのビアンカがそう喜んでいた。

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