🎮ファイナルファンタジーⅤ

すっぴんが最強というのも、ある意味正しい

「なにこれ、エクスデスラスボスよりずっと強いんだけど!」


 響子が画面を凝視しながら不満げに言った。


「“オメガ”は隠しボスだからね。そりゃ強いよ。ちゃんと準備しないとまず勝てない」


「見た目はただの小っちゃいロボットなのに……」


 つい先日、響子が『ドラクエ5』をクリアしたので、順調に次のゲームである『FF5』に進むことにした。

 ソフトに残っていたセーブデータは終盤まで進められたものだったが、響子は特に混乱する様子もなく、セーブの続きからプレイを進めた。


「なんのジョブがいいのかなあ……。機械だから、やっぱり電気が弱点だよね。アビリティは魔法剣がいいかな」


「そうそう。あとは二刀流もあるといいね」


「なるほど! ちょっと考えてみる!」


 ファイナルファンタジーシリーズの五作目である『FF5』は、それまでの作品と同じく剣と魔法の世界が舞台だ。

 でも『FF5』には、どこかシステマチックな雰囲気が漂っているように思う。

 それは“ジョブ”と“アビリティ”というゲームシステムが生み出したものに他ならない。


 “ジョブ”とは、その名の通り職業であり、二十種類以上も存在する。たとえば、ナイトであれば剣や鎧を装備できたり、白魔導士であれば回復魔法を使えたりする。ジョブはいつでも切り替えられるので、状況に合わせたジョブを選んで戦うことが重要になる。


 そして“アビリティ”というジョブ特有の技能。今風に言うなら“スキル”といったところか。戦ってポイントを貯めれば、そのジョブのアビリティを覚えていく。面白いのは、覚えたアビリティを、他のジョブにセットして使うことができることだ。例えば、白魔導士で“しろまほう”のアビリティを覚えたあとナイトにセットすれば、回復魔法が使える屈強なナイトが誕生する。(回復の効果は白魔導士ほどではないにしても。)


 この“ジョブ”と“アビリティ”の組み合わせで、非常に奥深い戦略性が生まれる。『FF5』が屈指の名作といわれる所以ゆえんもそこにある。


「よっし、準備できた! もう一回挑戦しよ! とりあえずセーブして、っと」


 響子が元気よく叫ぶ。

 隠しボスの“オメガ”用にジョブとアビリティを設定したようだ。


「これでどうだ! “魔法剣サンダガ二刀流みだれうち”!」


 画面のキャラクター達が、かなりの大ダメージを“オメガ”に与えていく。だが――。


「あーー! ダメだーー」


 防御が甘かったようで、相手の攻撃に耐えられず数ターンで全滅した。


「攻撃の方はいい感じだよ。あとは装備だね。炎対策とか状態異常対策とか、いろいろ試してみるといい」


 ぱっと見たところ、レベルも装備の所持品も問題なさそうなので、あとはしっかりと対策できるかどうかだけだ。ここから先は口を出さずに見守るだけにする。


 大人になって、あらためてこの『FF5』のシステムを見ると、本当によくできていると感心する。

 そして、現実的ですらあるように思う。

 “アビリティ”を覚えるためには、なにかしらの“ジョブ”に就いて戦わなければならない。なんて示唆に富んだ話だろうか。

 僕はジョブに就いていなければ、戦ってもいない。アビリティなんて、身に付くはずもなかった。


「僕もジョブを探さなきゃなあ」


「え?」


「ん、なんでもない」


 つい独り言がこぼれてしまった。

 響子の境遇を聞き、これまでの自分を反省したとはいえ、だからといってすぐに就職できるわけでも、専門スキルが身に付くわけでもない。これまでの分も地道に努力していくしかない。


「あ、そういえば、先生があとで部屋に来てって言ってたよ。なんか水無瀬さんにカギを渡すとかって」


「おお、そっか。じゃあ帰りに寄ってみるよ」


「なんのカギなの?」


「ん、宝箱みたいなものかな。何が入ってるか、わからないけど」


 響子が不思議そうな顔をする。


「ああ、宝箱といえば、ラストダンジョンの宝箱のなかに“しんりゅう”って隠しボスがいるから、“オメガ”を倒せたら次はそっちに挑戦してみるといいよ」


「へえー、そっちも強いのかな」


「めっちゃ強いよ」


 こっちの宝箱の方はどうだろうか。

 “しんりゅう”ほど強くないとは思うけれど、対策は練らなくちゃいけない。


 前に、源先生と鷲尾さんに相談をしていた。響子の部屋の鍵を借りたいと。

 その件について、ようやく二人から了承が得られたようだ。


 鷲尾さんは、響子の父親が響子のところに金銭の無心に来ていたと言っていた。

 だから、父親が響子のストレスの要因である可能性は高い。父親に話を聞いて、響子のストレスの原因を明確にすれば、今後の治療の対策を練ることができる。もし、ストレスの原因そのものでなかったとしても、何かしらのヒントを得られるかもしれない。


 だが、父親の連絡先はわからない。

 ならば――響子の部屋で待ち伏せをすればいい。

 これは時間に自由の利く自分にしかできないこと。そして、僕にできる唯一のこと。


 無職すっぴんが最強というのも、ある意味では間違いじゃないのかもしれない。

 そんな自嘲のこもった溜息をこぼし、僕は響子の病室を出た。

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