いろんなことが噛み合っていく感覚

「水無瀬さん、これ面白いかも!」


 お見舞いに来てくれた水無瀬さんに向けて、自慢げに息巻く。

 この前、水無瀬さんのアドバイスのおかげで強い技をたくさん閃いて、そのあとの戦闘がかなり楽になった。ストーリーを順調に進めることができて、領土がどんどん拡大し、帝国の収入も増える。そのお金を使って、強い武器や防具、術の開発も進んでいく。

 そして、新しく加わった人材に皇帝継承させることで、戦闘で使える陣形もかなり増えた。“武装商戦団”を皇帝にして覚えた“ラピッドストリーム”は、必ず先制攻撃ができるので、さらに戦闘が楽しくなる。

 最初はあんなに苦手意識を感じていたのに、何かをちゃんと進めると、それに連動していろんなことが上手く回り始める。ただ自分のキャラを強くするだけじゃなく、いろんなことが噛み合っていくこの感覚。他のゲームとは違った楽しさがある。

 錦くんがこの『ロマサガ2』を好きだった理由がわかった気がする。


「ずいぶん進んだね」


「でしょ! ほら、もう最終皇帝が出てきたよ!」


 操作キャラクターである皇帝はどんどん入れ替わっていくけれど、ストーリーが終盤になると「もうこれ以上は伝承ができない」と言われて、最後の皇帝が出てくる。

 基本的に主人公というものがいない『ロマサガ2』だけれど、唯一、性別と名前を自由に決められるキャラクターがいる。それがこの最終皇帝だ。セーブデータを作成する最初に名前を入力したキャラクターが、最後に満を持して登場する、というのも感慨深い。

 ただ、一つ不思議なことがあった。


「最終皇帝……ニシキ。私、錦くんの名前つけたんだっけ……? 女の皇帝を選んだ気がしてたけどなあ。もしかして、間違えて途中で錦くんのセーブデータ使っちゃったかな。でも、セーブデータの場所は間違えてないはずだし」


「あ、ほら、これ! 鷲尾さんからお土産!」


 水無瀬さんが妙に慌てた様子で、後ろにいた鷲尾さんに目を向ける。

 鷲尾さんも来てたんだ……。水無瀬さんのお友達っていうのはわかったけれど、どうして私のお見舞いに来てくれるんだろう。


「この前はご迷惑をおかけしました」


 そう言って、鷲尾さんはなにかの箱を差し出した。


「この前? ああ、携帯電話の! 別にそんな……」


 たしかに怖い思いをしたけれど、偶然がいろいろと重なっただけだし、そんなに気にしなくてもいいのに。


「お詫びと言ってはなんですが」


 箱を受け取り、中を覗いてみる。

 生クリーム付きの大きなプリン! しかもメロンが乗っている!


「え? い、いいんですか? こんな立派なもの」


「お好きだと聞いたもので。喜んでもらえてよかったです」


 水無瀬さんから聞いたってこと?

 あれ? 水無瀬さんに好きな食べ物の話、したことあったっけ?


「じゃあ、僕はこれから仕事で。またね」


 え? もう行っちゃうんだ。

 せっかくだし、ゲームするところを見てもらいたかったな。


「私も一緒に失礼しますね。ゆっくり召し上がってください」


 鷲尾さんも水無瀬さんに続く。

 まあ、ありがたく、いただきます。


「あ、響子ちゃん」


 扉のところで思い出したように水無瀬さんが振り向く。


「ラスボスはかなり強いから、しっかり準備していってね。“テンプテーション”と“ソウルスティール”の見切りは全員に覚えさせた方がいいよ」


 了解。 “七英雄”の得意技は対策していこう。

 こうアドバイスをくれるってことは、ラスボスまでもう少しなのかな。


「あと、この先は引き返せない、ってメッセージが出たあとセーブしたら詰むから、気をつけて」


 あっさりと水無瀬さんが言うけれど、知らなかったらうっかりセーブしてたかもしれない。危ない危ない。


「……“詰む”ですか」


 鷲尾さんが振り返って、興味深そうに言う。


「おそらくチェスや将棋の“詰み”から由来しているのでしょうけれど、テレビゲームでも同じような使い方をするのは面白いですね」


 へえ。そうなんだ。


「将棋の場合は、自分の王が“詰んだ”と判断したら、自分から負けを認めなければ勝負が終わりません。ゲームの場合は、そのデータを自主的に諦める、といったところでしょうか」


 鷲尾さんが嬉しそうに喋っている。少しでも話に加わりたいということなのかな。

 勇気を出して、少しだけ話してみるか。


「その……将棋で、もし負けを認めなかったら、どうなるんです?」


「時間切れで、結局負けですね。潔さも必要ということです」


 なるほど。勝負の世界は厳しい。


「では、失礼します」


 お辞儀をして、鷲尾さんが先に出ていく。

 でも、水無瀬さんはぼーっとして立っている。


「水無瀬さん? お仕事に行くんじゃ?」


「え。あ、うん」


 なんだか妙に元気がない。

 ちょっと前もこんな感じだったような。

 

「ほら、いってらっしゃい! 朝まで仕事でしょ? 終わったら、また来てよ。クリアしとくから!」


「ん。……でも、ラスボスはマジで強いから、たぶん難しいと思うよ」


 あ、そんなこと言われると、意地でもクリアしたくなってきた。

 明日自慢できるよう、プリンを食べながら頑張ろう。


・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・


 昨日は結局、クリアすることはできなかった。


 水無瀬さんが言っていたことは大げさでもなんでもなく、ラスボスは本当に強かった。これまで遊んだゲームのなかでも一番強いかもしれない。

 何度も挑んでみたものの、全く太刀打ちできず、仕方なくラストダンジョンを引き返すことにした。


 早く宿題を終わらせて、水無瀬さんが来るまでに、もう一回チャレンジだ!

 そう意気込んで机の上を見る。

 突然、大きな違和感に襲われる。


 机の上には、スーパーファミコンがたたずんでいる。

 スーパーファミコンだけが。

 

 ――挿さっているはずのソフトがない。


 黒い背景に、白い文字で“Romancing Sa・Ga”、そして真ん中に大きく赤い字で書かれた“2”という数字。

 細部まで具体的に思い浮かべられるくらい見慣れたあのソフトの姿が、どこにもなかった。

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