無事に継承ができたようで
「昨日の夜まではあったんだよね?」
「うん……。夜ご飯食べたあと、遊ぶの我慢してたから、ちゃんと覚えてる」
ゲームは夕食時間までと、源先生と約束している。だから、読書で気を紛らわせながら、我慢していた。カセットを何度も眺めていたから間違いなく夜まではあった。
「んー、不思議だね」
水無瀬さんが困ったように言う。
私が無意識にカセットを抜いてどこかに置いた?
でも、それならこの部屋のどこかにあるはずだ。水無瀬さんが来るまで、ずっと探し回ったけれど、見つからなかった。
どこにいってしまったのだろう。
「ごめん……なさい」
錦くんがせっかく貸してくれたのに、失くしてしまうなんて。
借りてきてくれた水無瀬さんにも申し訳ない。
「いやいや、響子ちゃんは何も悪くないよ」
「でも」
私のセーブだけならどうでもいい。でも、錦くんがやり込んだデータは、錦くんの大事な宝物みたいなもの。それなのに……。
「私がゲームしたいなんて、言ったせいで」
「それは違う」
水無瀬さんが私の頭をぽんと撫でる。
あのときの温かな手。
「錦はさ、響子ちゃんが『ロマサガ2』を気に入ってくれて喜んでたよ。自分が好きなものを、好きになってもらえるのは、やっぱり嬉しいからさ」
そういうもの、かな。
でも、失くしてしまったことは謝らないと。
「必ず僕が見つけてくる。だから気にしないで」
そう言って、水無瀬さんは自分の胸を強く叩いた。
・・・・ ・ ・・・・・・………─────────────………・・・・・・ ・ ・・・・
翌日の朝食を持ってきてくれたのは、珍しく水無瀬さんとは別の人だった。
水無瀬さんはどうしたのか聞いてみると、今日は休みを取っているとのこと。
もしかして、病院のなかを探してくれているのだろうか。
朝食を食べ終え、明日の分の宿題まで終わらせた頃。
勢いのあるノックが数回鳴ったあと、扉が開いた。
「響子ちゃん、これ!」
水無瀬さんだ。
カバンから何かを取り出して、私に見せる。
それは見慣れた配色とロゴ――『ロマサガ2』のカセットだった。
「え? どこにあったの!?」
「んー」
水無瀬さんは少し考えるような素振りを見せたあと、静かにこう言った。
「実はね、錦がソフトを二個持ってて……今回はもう一つの方を借りてきた」
「ええ?」
そんな話、聞いたことない。もしかして、水無瀬さんが気を遣って新しく買ってきてくれたんじゃ……。
とりあえず差し出されたカセットを受け取る。
よく見てみると、新品にしては汚れている。カセットを裏返すと、ひらがなで「みなせ にしき」とマジックで書かれていた。
本当に、錦くんのカセットだ。
「データを確認してみて。響子ちゃんのセーブもあるはず」
水無瀬さんに促され、カセットをゆっくりと本体へ挿し込む。
いつものオープニング画面で“CONTINUE”を選択すると、セーブデータのうち上の2つは最終皇帝“ニシキ”が、下の2つは最終皇帝“キョウコ”が表示されている。
そう。そうだった。
せっかくだから自分の名前にしなよって、錦くんに言われて。
私は最終皇帝に自分の名前を付けたんだ。
でも、それなら昨日まで遊んでいたのは?
やっぱり錦くんのセーブデータだったんだろうか。
「どう?」
水無瀬さんが興味深そうに画面をのぞき込む。
二つデータのうち、表示されているプレイ時間が長い方を選んでみると、もう引き返せないラスボス直前の場所だった。ダンジョンから出ようとすると「…逃がさん……お前だけは…」と表示が出る。昨日も見たけど、ちょっと怖い。
このままクリアをしても、なんだか自分の力じゃないような気がする。一度リセットして、もう片方のセーブデータを選んでみる。
こっちのセーブの場所は“アバロン”のお城で、会話イベントを見たところ最終皇帝になったばかりの場面だ。
「どこまで進んでるか、わかる?」
水無瀬さんが私に尋ねる。
メニュー画面を開き、仲間のステータスや覚えさせている技や術を確認すると、昨日までのものとはかなり編成が違う。なのに、なんとなく見覚えがある。
なんだかふわふわする感じ。でも、間違いなくこれも私のセーブデータだ。
水無瀬さんに向けて、大きくうなずく。
昨日プレイしていたところよりは少し戻ってしまうけれど、こっちのデータを進めることにした。
「ゲームを無事に“継承”できたみたいで、よかったよかった」
水無瀬さんが上手いことを言う。
「あの……水無瀬さん。わざわざありがとう」
「うん。……錦にも伝えとく」
どうせなら錦くんが直接持ってきてくれれば、と一瞬思ってしまったけれど、前に水無瀬さんが言っていた通り、何かの事情があって来られないのなら、残念がっても仕方ない。
水無瀬さんがその事情を言わないってことは、きっと言えない理由もあるのだろうし。
いまは二人に感謝するだけでいい。
「せっかくだから、遊んでるところ見ててもいい?」
私がお願いしようと思っていたことを、水無瀬さんの方から言ってくれた。
もちろん、と私は快諾して、水無瀬さんの椅子を用意する。
誰かのゲームを見ながら。
誰かにゲームを見られながら。
一緒に遊ぶこの空間。
それが私は大好きで。
あっという間に時間が過ぎていく。
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