🎮ドラゴンクエストⅣ

タンスに大事なアイテムを忍ばせて

 汚い。部屋がとても汚い。

 人のことを言えるほど綺麗好きなわけではないけれども、それでも苦言を呈さずにはいられないくらい散らかっている。


 リビングのテーブルには、カップラーメンの空容器とペットボトルが散乱し、ゴミ袋として機能させていたであろうコンビニ袋は至る所に落ちている。使用済みの割り箸とウェットティッシュが一箇所に集められているのだけが救いか。

 とても妙齢の女性が暮らしていた部屋とは思えない。昔から掃除は苦手そうにしていたが、ここまでひどくはなかった。

 いや、違う。

 きっと掃除をする余裕もなかったんだ。時間的にも、精神的にも。


 辛くなりそうな気持ちを抑え、リビングを抜ける。

 奥の部屋は寝室だった。ベッドが二つ並んでいるところを見ると、母親も一緒に暮らしていたのだろう。

 そして、ベッドの横に大きなタンスを見つけた。


「さて、と。服はここか」


 不可抗力とはいえ、女性のタンスを開ける後ろめたさを誤摩化すため、大きめの独り言を呟く。


「他人の家のタンスを漁るって、まるでゲームだな」


 おおっぴらに人の家のタンスを開ける行為が許されるのは、きっと世界を救う勇者くらいのものだろう。記憶が戻ったときには、怒られるかもしれない。

 でも、僕にできることがあるのなら――。


 僕になにかできることはありませんか。


 数時間前、病院で源先生の話を聞いたとき、自然とそんな言葉がこぼれていた。

 響子に同情したわけでも、僕がお人好しなわけでもない。でも、こんな気分のまま新作のゲームを遊ぶ気にはなれない。ただそれだけだ。一瞬の気の迷いのようなもの。

 そんな僕の話を聞いた先生は優しく笑い、まずは彼女の着替えを取ってきてほしい、と言った。部外者が勝手に立ち入ることはできないが、君なら問題ないだろう、と。

 そして、普段使っていたもの、特に趣味に関わるようなものも、もし見つけたら持ってきてほしいと頼まれた。それが響子の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない、ということだそうだ。

 だが、この部屋の状態を見る限りだと、そういう娯楽に関わるものは期待できそうにない。


 せめて着替えだけはちゃんと持っていこう。

 そう割り切り、できるだけ直視しないよう下着類をカバンに詰め込んでいく。

 そのとき、指になにか堅いものが触れた。想定外の感触に、つい視線を向けてしまう。


 それは、十数年ぶりに見る、えんじ色と白色の物体だった。


「……ファミコン? なんでタンスに? しかも、ソフトしっぱなし?」


 ああ、そうか。響子の母親はゲーム嫌いだった。だからきっと、隠して一人のときにこっそりとやっていたのか。

 タンスの奥をよく見てみると、箱に入ったままのスーパーファミコンやプレイステーションもある。


「ったく、タンスの中にアイテム隠しとくとか、どんだけゲーム好きなんだよ」


 つい、笑ってしまった。


 だが、この家で唯一見つけた娯楽品だ。どれだけ効果があるかはわからないが、持っていくべきだろう。

 どれにするか少し迷ったあと、おそらく最近触っていたであろうソフトが挿しっぱなしのファミコンを持っていくことにした。


 銀色の背景に、こちらを向いてニヒルな笑いを浮かべる男と、勇ましく剣を振りかぶったパーマの女性。そんな見覚えのあるパッケージ。

 挿さっていたソフトは、小学生のころ何度も一緒にプレイした『ドラゴンクエストⅣ』だった。

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