🎮ドラゴンクエストⅢ(リメイク)

思えばこれが、すべての始まり

 響子の記憶がに戻ってしまってから一週間が過ぎた。


 あのとき、最初に異変に気付いたのは鷲尾さんだった。

 お見舞いに来ていた鷲尾さんがナースコールで僕たちを呼んでくれて、すぐに源先生がカウンセリングをしたところ、響子の年齢は小学3年生まで戻っていることがわかった。


 それからはファミコンやスーパーファミコンを見せても、まったく反応をしなくなった。

 響子が初めて自分でゲームを遊んだのは小学4年生のときの『ドラクエ4』だ。それより以前は、僕が遊んでいるのを後ろでずっと見ていたり、試しにちょっと触るだけだった。だからこの反応も当然なのかもしれない。


「もしかしたら……ゲームを遊ぶこと自体が、何らかのストレスと紐づいてしまったのかもしれません」


 源先生に相談したとき、深刻な顔でそう言っていた。

 響子がずっと小学3年生のままでずっと止まっているのは、ゲームをプレイすることを無意識に拒絶している可能性がある、というのが先生の見解だった。

 だとすると、今までのようにゲームと一緒に記憶を進めることもできない。


 なにか手はないかと考えを巡らせながら、響子の病室の扉を開ける。


「あ、おはようございます。水無瀬さん」


 朝食を運んできた僕に、響子が挨拶をする。


「あの……今日も錦くん……来ないの、かな?」


「……本人は会いたがってたんだけど、どうしても来られないみたいで……。ごめんね」


「そっか……」


 響子は自分が入院中であることはすぐに理解したが、僕がは完全に忘れてしまっている。

 小学生いまの響子に、錦は僕だよ、なんて言えるわけがない。


「ほら、今日は天気良いし、中庭で遊ばない? ボールとか持ってくるからさ」


「……ううん、大丈夫。宿題も……しなきゃだし」


 響子の元気が日に日に衰えていく。

 まるで本当の病気にかかったように。


 小学生のときに会ったばかりの響子も、ちょうどこんな感じだった。

 引っ込み思案で、おとなしくて、感情表現も乏しくて。

 それが変わったきっかけは何だったか。

 記憶を必死に探る。


 ――錦くんは“ゆうしゃ”だねえ。


 頭のどこかで、いつか聞いた響子の声が響く。


 ――わたしの名前もつけてよ。


 そうだ、あれは。


「……勇者」


「え?」


「ねえ、響子ちゃん。『ドラクエ3』って知ってる?」


「え……と、うん。錦くんが遊んでるのを見たことある……ような」


 よし。それなら――。


「じゃあさ、これから持ってくるから、僕が遊ぶところを見てみない?」


 自分でゲームをすることができないのなら。

 僕がするところを昔のように見るだけでいい。

 

「え? ……うん、見てみたい、かも」


 響子の反応も悪くない。

 もしかしたら、何かが変わるきっかけになるかもしれない。


「あ、そうだ。錦の家のより、ちょっと進化してるソフトだからね。響子ちゃんが見たやつよりも、ずっと綺麗だよ」


「へえ、そうなんだ」


 響子が持っていたファミコンソフトのなかには『ドラクエ3』は無かったけれど、リメイク版の方はしっかり持っていた。

 スーパーファミコンのスペックで作り直された『ドラクエ3』のリメイク版は、グラフィックも音源も別物のように進化している。

 同じソフトだと響子が認識できるかわからないけれど、とりあえず試してみる価値はある。


 段ボールのなかに片付けていたスーパーファミコンを改めてセッティングし、『ドラクエ3』のカセットを挿し込む。頼むぞ、と念じるようにスイッチを入れる。

 勇ましいトランペットの演奏とともに、青い鳥のようなマークが浮かび、一瞬の静寂のあと、おそらく日本で一番有名な“序曲”が鳴り響く。

 そして中央に“DRAGON QUEST Ⅲ”と大きく映される。


 『ドラゴンクエストⅢ』。

 響子がRPGに関心を持つきっかけとなったソフト。

 思えばこれが、すべての始まりだった。


「すごく……かっこいい曲だね」


 響子が目を閉じ、 “ロトのテーマ”に聞き入っている。

 そういえばファミコン版は容量の関係で、オープニングがまるごと削られていたんだっけか。ファミコンを起動したとき、無音でいきなりゲームが始まって驚いた記憶がある。

 子供のころは物足りなく思っていたけれど、それだけ極限まで本編に力を注いだ結果なんだと、今ならわかる。


 オープニング曲が一周したところでボタンを押す。

 “ぼうけんをする”を選択し、セーブデータを確認する。

 やっぱり『ドラクエ3』も、主人公勇者の名前は“ニシキ”になっていた。


 後ろから響子に見られながら、スーパーファミコンのコントローラーを握っていると、まるで僕まであの頃に戻ったような錯覚に包まれる。

 期待と不安が入り混じった高揚感とともに、僕は冒険を始めた。

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