🎮ファイナルファンタジーⅦ〔Disc3〕

本気で理解しようとしていたなら

「こんなものしかなくて申し訳ないですが、よければどうぞ」


 さっき自動販売機で買ってきた缶コーヒーを二本、机の上に置く。

 数日前までここにはファミコンやスーパーファミコンが置かれていた。

 いまはその名残りすらない。


「すみません。平日なのに来てもらって」


「いえ、関係者への聞き取り調査と会社には言って出てきましたから。お気になさらないでください」


 椅子に腰をかけ、鷲尾さんが言った。


「でも、どうしてここで? どこか喫茶店などでもよかったのでは?」


「響子は……今日ずっと検査でいないので。誰もいない場所で落ち着いて話すならちょうどいいかと思って」


「なるほど」


 話をしたい、と鷲尾さんに連絡を取ったのが昨日。そして今日、この響子の病室に来てもらった。

 人のいない所、というだけなら他にも場所はある。でも、話をするのはがよかった。


「では私の提案を考えていただけた、ということでしょうか」


 鷲尾さんが神妙な顔で僕に問いかける。


「その件ですが……僕にはやっぱり響子が横領するなんて思えないんです」


「……お気持ちはわかります。ですが会社には証拠が」


「これを」


 鷲尾さんの言葉を遮り、ポケットの中から取り出したものを机の上に置く。

 ストラップに付いた小さなスライムと目が合った。頑張れ、と言われている気がした。


「響子の携帯電話です。源先生から借りてきました。このなかに何か手掛かりがあるかもしれないと思って」


 鷲尾さんは目を細め、携帯電話に視線を向ける。


「まさかパスワードがわかったのですか?」


「いえ……。鷲尾さん、パスワードに心当たりはありませんか? たとえば誕生日とか、記念日とか」


 鷲尾さんが残念そうに首を横に振る。


「お付き合いさせていただいてから、まだ日も浅いもので……」


「そうでしたか」


 まあ、パスワードは誕生日ではなかったのだが。

 それでも一応聞いておきたかった。


 パスワードは6桁の番号。

 普通なら、自分に関係のある番号を選ぶ。

 理想的なのは、他者にはわからず、自分にだけ意味のある番号だ。


「水無瀬さん、今回の不正会計は金額の規模が大きく、会社は刑事告訴も検討しています。あまり時間もありません」


 鷲尾さんの言葉を聞き、血の気が引く。

 でも、まだだ。やるべきことをやらなければ。

 あとから後悔するのは、もう嫌だ。


「……すみません。ちょっとトイレに」


「大丈夫ですか? 顔色がよろしくないようですが」


 心配そうな顔を見せる鷲尾さんに、できるだけにこやかに笑いかける。


「コーヒーを一気に飲んだせいですかね。お腹がちょっと……」


 お腹をさすりながら、空き缶を手に持ち、部屋を出る。

 そして、扉を静かに閉め、


 扉に付いている小さな窓から、慎重に中を覗き込む。



 鷲尾さんが机の上に置かれた携帯電話を手に取る。

 そしておもむろに立ち上がり移動する。

 姿は見えなくなったが、蛇口をひねる音、そして水の流れる音がする。

 部屋に備え付けてある洗面所のところにいるのだろう。



 もういいだろう。

 深呼吸をして、勢いよく扉を開ける。


「鷲尾さん」


 背中を向けたまま、鷲尾さんが固まったように静止している。

 洗面所に貯められた水のなかに、携帯電話が水没している。

 鷲尾さんの手にはハンドタオル。なるほど、水に浸けてから拭き取れば、壊した証拠も残らない。

 やっぱり鷲尾さんは、判断が早くて、そして正確だ。そして行動にためらいがない。

 でも、だからこそ――。


「全部、鷲尾さんだったんですね。……これまでのことも、全部」


「ええと、なんのことをおっしゃっているのでしょう? ああ、これは……コーヒーをこぼしてしまって、それで軽く洗おうとして手が滑ってしまいました。申し訳ありません」


 鷲尾さんが取り繕うように謝罪の言葉を述べる。

 でもそこにはまだ余裕がある。

 やっぱり、この人は強敵だ。一筋縄ではいかない。

 覚悟を決めなければ。


 戦いを挑みますか

 【☞はい  いいえ】


 心の中のカーソルを、しっかりと合わせる。


「もういいですよ。正直に話しましょう」


「……ええと。どういうことでしょう」


の携帯電話はこちらです」


 いま水没している携帯電話と全く同じ形状のものをポケットから取り出す。

 これが本物の響子の携帯電話だ。

 昨日、同じ型番の携帯電話を電気街で探して購入した。

 そして待ち受け画面を本物と同じものに設定し、さらにストラップも付け替えておいた。


 鷲尾さんの視線が、僕の持っている本物の携帯電話に注がれている。


「鷲尾さんには、わからなくて当然だと思います」


「……なにを、でしょうか」


 携帯電話を開き、待ち受け画面を見せる。

 ドット絵のスライムが、何を考えているのかわからない顔で笑っている。

 この光沢のない平坦なドット絵はファミコンのもの。

 響子がのもの。


「響子の誕生日も、好きなものも。なにも知ろうとしなかった鷲尾さんには、わかるはずもないです」


「だから、なにがですか?」


 初めて見る鷲尾さんの苛ついた表情を無視して、僕は続ける。


「響子が一番好きだった『ドラクエ4』。そして6桁の数字。……もし鷲尾さんが本気で響子のことを理解しようとしていたなら、きっとすぐにわかったはずなのに」


 携帯電話のボタンを、ゆっくりと押す。


「8・3・8・8・6・1」


 パスワードが解除され、鷲尾さんの目が見開く。


「横領していたのは、鷲尾さん。あなたです」

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