思い出が、フリーシナリオみたいに分岐して

「ようやく、ここまできたよ」


「さすが二度目は早かったね」


 新しいセーブデータでプレイを始めて数時間。昨日と同じ場所、つまりラストダンジョンの奥にまでたどり着いた。

 『ロマサガ2』は、要点さえつかめばストーリーを進めるのにそこまで時間がかからない。というより、何度も周回することでコツをつかんで攻略していくことを前提に作っているのかもしれない。

 それに、どういう選択をするか、どういう順番で攻略するかによって、ストーリーも大きく変わる。このフリーシナリオシステムのおかげで繰り返し遊んでも飽きないようになっている。


「今回は“ワグナス”を残したんだ?」


 水無瀬さんが感心したように言う。


「前は“ノエル”を残してたからね。せっかくだから変えてみたよ。イーストガードはもう仲間にできたし」


 ボスである“七英雄”をすべて倒していくのがメインのストーリーになるけれど、倒す順番は基本的に自由だ。

 七人のうち残りの一人になった時点でラストダンジョンに進めるようになり、誰を最後に残すかでストーリーも少し変わる。


 ラスボス直前に待ち構えていた最後の“ワグナス”を難なく倒し、ついにラスボスへと挑む。

 今度こそは、とコントローラーを握りしめる。だけど――。


「あーー、やっぱり強いー!」


 あえなく全滅してしまった。


「最初のうちに、全員に“リヴァイヴァ”と“金剛盾”をかけた方がいいよ」


 水無瀬さんのアドバイスに従い、相手の攻撃が緩やかなうちに、こちらの強化バフをしっかり整えておく。

 けれど、終盤になると怒涛の連続攻撃で一気にやられてしまう。


 本日二度目の全滅からのコンティニュー画面だ。

 再開するデータにカーソルをあてようとしたとき、ふと気付いた。

 もう一つのセーブデータで表示されているステータスは、いま全滅したものとそんなに変わらない。むしろHPは低いくらいだ。

 なのに、なんで倒せないんだろう。

 もし倒せなくてセーブデータなら、そのまま残しておくだろうか。


 そもそも、あまり考えずに遊んでしまっていたけれど、このセーブデータも私が進めたものだとしたら、どうして覚えてないんだろう。


 ……違う。私は知っている。

 いや、

 このセーブデータで、どうやってラスボスを倒したのか。


 急いでコンティニューし、メニュー画面を開く。

 消費JP術ポイントがあまりに多く、使わずにいた水の術“クイックタイム”。ちゃんと仲間のうち3人に覚えさせたままだ。

 そして、陣形を“ラピッドストリーム”に変える。


「あ、それは」


 水無瀬さんが何かを言いたげな素振りを見せていたけれど、いまは自分の記憶が正しいのか確かめるのが先。


 仲間の陣形を“ラピッドストリーム”に設定しておけば、毎ターン必ず先制攻撃ができる。

 そして、“クイックタイム”という術を使えば、そのターン中は敵は全く行動ができなくなる。

 つまり、これらを組み合わせることで、JP術ポイントがもつ限り、ずっとこちらだけが攻撃できるということ。


 そう。私はこの方法で倒したんだ。


 水無瀬さんがこの攻略法を教えてくれなかったのは、きっとこれを邪道だと考えているから。

 そういえば錦くんも頑として“クイックタイム”を使わなかったっけ。やっぱり、水無瀬さんと錦くんは考え方もそっくり――。


 突然、大きな豆電球が電気を通されたように、何かが繋がった。


 私の頭の中で、2つの記憶がこだまする。


 錦くんの部屋で一緒に遊んだ記憶。

 病院で水無瀬さんと遊んだ記憶。


 1つ目の記憶は、つい最近のようでいて、遠い過去のよう。

 2つ目の記憶は、今この場所まで続いている。


 よく考えれば、なんだかおかしい。

 私はスーパーファミコンが出たばかりの頃に入院したはず。だから、水無瀬さんがスーパーファミコンを持ってきてくれたとき、嬉しくて仕方なかった。

 それなのに、錦くんともスーパーファミコンを遊んだ記憶がある。

 まるで、フリーシナリオみたいに、記憶が分岐している。


 そのとき、何の脈絡もないような閃きが駆け抜ける。


 もし、この閃きが正しければ。

 いろんなことの辻褄が合う。

 違和感にすべて説明がつく。

 

 けれど……本当にそうなら……私は――。


 水無瀬さんの顔を見ることができない。

 でも……確かめないといけない。


 思い切って振り向く。


「ん? どうしたの、響子ちゃん?」


「……この“クイックタイム”って、すごいよね。ずっと自分のターンだもん」


「うん。これは強すぎるよね」


 少し残念そうな水無瀬さんに向かって、私はできるだけ何気なく言う。


「……“クイックタイム”は邪道。昔からそう言ってたっけ。ね、錦くん」


「そうそう。強すぎるラスボスの救済措置としてあるんだろうけど、あくまで最終手段かなって思うよ」


「そっか……」


 信じられないけれど、私の途方もない閃きは当たっていたみたい。


 私の震えた声が病室に響く。


「――本当に、錦くん、なんだ。水無瀬……さん」


 水無瀬さん錦くんは“クイックタイム”をかけられたみたいに、瞬きもせずに固まっていた。

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