🎮クロノ・トリガー

まるで、タイムマシンに乗ってきたみたいに

「――はい。思い出した、というより……知ってることに気付いた、というか」


 私の正面に座る源先生に、自分が感じたままを伝える。

 上手く言葉にできないのがもどかしい。

 まだ頭が混乱している。


 あのあと、水無瀬さん錦くんはすぐに源先生を呼びに行った。

 先生はすぐに来てくれて、とりあえず水無瀬さんには席を外してもらった。


「ずっと、いろんな違和感があって……でも、なんだかぼんやりしていて。知ってるはずなのに、それがなんなのかハッキリしなくて……」


 先生が何度も、ゆっくりでいいから、と言ってくれて、私も少し落ち着いてきた気がする。


「あの……私、記憶喪失……ってやつ、なんですよね」


 先生はゆっくりとうなずく。


「私って、本当は何歳なんですか? いったい、なにがあったんですか? それに、錦くんはどうして……?」


 質問が流れるように出てくる。

 先生は少し悩んだようにしばらく眉をひそめたあと、ゆっくりと言う。


「まず、牧野響子さん……あなたは現在27歳です」


 想像していたよりもずっと歳上で驚いた。27歳って、完全に大人だよ……。

 この部屋に鏡が無いのは、私を混乱させないようにするためなのだろうか。

 あらためて自分の手足や胸をちゃんと見てみると、身体つきは大人のそれだ。毎日見ているはずなのに、認識できていなかったのが不思議だ。


「記憶喪失の原因については……はっきりしたことはまだわかりません。なんらかのストレスが要因だとは思われますが、特定はできていません」


 ストレス……。大人が受けるストレスって、やっぱり仕事なんだろうか。でも、働いている人がみんな記憶喪失になるわけがないし。私に何があったんだろう。気になる。


「水無瀬さんに関しては……そうですね。牧野さんの交友関係で連絡が取れたのが、彼だけでしたので――」


「えっ……と。それって……彼氏って、こと? ですか?」


 一番聞きたくて、でも聞けなかったことが、つい口からこぼれた。


 私は以前、水無瀬さん錦くんに、「錦くんが好き」だということを言ってしまっている。でも、付き合っているのなら、まだセーフだ。


 さっきよりも長い沈黙のあと、先生は静かにこう言った。


「そういうわけでは……ないかと思います」


 完全にアウトだった。

 どうしよう。もう水無瀬さんの顔を見られない。


 悶絶する私に向けて、先生がフォローするように言う。


「なんらかの事情があって、しばらく会えていなかったと、聞きました」


 あれ? しばらく会えなかった?

 どこかで、そんな話を聞いた、ような。


「水無瀬さんがここで働き始めたのはご存知ですよね。この病院で募集したとき、ちょうど彼も仕事を探していましたので。……でも、それもきっと、牧野さんのために、という理由も大きいと思いますよ」


 もしかして、水無瀬さんが前に言っていた好きな人っていうのは――。


 自分に都合の良すぎる妄想が頭を占める。

 違った意味で、頭の中がぼーっとしていく。


「ああ、そうだ。牧野さん、これがなんだか、わかりますか?」


 源先生が灰色のプラスティックを私に見せる。

 英語で何か書いてある。メモリー……カード?


「なんですか、これ?」


「いえ、わからないなら大丈夫です」


 先生は大事そうにそれをポケットにしまう。


「では、そろそろ水無瀬さんを呼んでもいいでしょうか? 今後の方針を彼にも相談しようと思いますが」


 先生が私の反応をうかがうように問いかける。

 正直、まだ恥ずかしいけれど、そんなことを言っていても仕方ない。腹を括って、大きく首を縦に振る。


 水無瀬さん、もとい錦くんはすぐ近くで待機していたらしく、先生が呼びにいって1分もしないうちに一緒に戻ってきた。


「さて、記憶喪失を自覚できたことは、良い傾向だと思います。あとは少しずつ思い出していくだけですから」


 源先生が、私と錦くんを交互に見ながら力強く言う。


「ですが、やはりとはいかないようです。これまで通り、一歩ずつ進めましょう」


 どういうことだろう。

 源先生の言っている意味がよくわからないけれど、錦くんは何度か小さくうなずく。


「じゃあ次は予定通り、これで」


 そう言って、錦くんがカバンから小さな箱を取り出した。

 大きさからすると、スーパーファミコンのカセットの箱だろうか。 


「響子ちゃん、これわかる?」


 錦くんがその箱を私に差し出す。

 白い背景に、数人のキャラクターがこちらを見て立っている絵が描かれている。

 よく見ると、ロボットや剣を持ったカエルまでいる。


「……あ! 『クロノ・トリガー』! え? もう発売して……? ああ、違う、発売してて当然か。……でも、なんで?」


 私の反応を見た錦くんが優しく微笑む。

 よく見ると、面影はたしかにある。でも、……やっぱりまだ慣れない。


「このソフトはわかるんだよね。どんな内容か覚えてる?」


「え……と。過去とか未来とか行って……」


 ダメだ。ゲームの中身までは思い出せない。

 じっくりとパッケージを眺める。どこかで見た絵柄だ。まるで『ドラクエ』みたいな――。


「あ、そうだ! 『ドラクエ』を作った人と『FF』を作った人が一緒に作ったっていう夢のゲーム!」


「そうそう。プレイしたら、きっと思い出していくよ」


「あ……もしかして、今までいろいろ遊んだのも、そういう……?」


 源先生と錦くんが、二人一緒にゆっくりとうなずく。


 いままで、入院中にゲームできてラッキー、って何も考えずに過ごしてきたけれど、そういう治療だったんだ。


 そっか。

 私は、小学生から中学生までを、ゲームと一緒に旅してきたんだ。

 まるでタイムマシンに乗ってきたみたいに。


 そして今、まさに時間を超えるゲームが目の前にある。

 箱を開けると、“CHRONO TRIGER”と大きく書かれたカセットが目に飛び込む。

 時計をかたどった頭文字の“C”。

 そして、揺れる“TRIGER”という文字。


 あつらえたように、今の私にぴったりだと思った。

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