悲惨な未来を変えようと

「じゃあ、やっぱりここは私達の未来なの!?」


 テレビ画面のなかで、ヒロインマールが悲痛な叫びをあげる。


「ひどい! ひどいよ! こんなのってない!! これが……私達の未来だなんて……」


 主人公クロノ幼馴染ルッカも黙って、ただモニターを見つめている。


 追手から逃げるため、主人公クロノたちは、時空を超える“ゲート”に飛び込んだものの、出てきた先は退廃した世界。まるで別の星のような場所だった。

 文明は発達していて機械に囲まれてはいるけれど、周囲は廃墟だらけ。フィールドは薄暗く、埃だらけの風が舞っている。シェルターのなかに人はいたものの、みんな無気力に過ごしていた。

 情報を集めるため、シェルターの奥にあるコンピューターを起動すると、偶然やってきたこの場所が、自分たちのであるという真実を知る。

 目の前のモニターに映し出されたのは、王国歴1999年に起きた“ラヴォス”と呼ばれる大災害。大地が割れ、巨大なとげに包まれた物体が姿を現す。そこから放たれた光線が地上に降り注ぎ、カメラの映像はそこで終わる。


 王国歴1000年の“現代”から約千年後、世界が滅亡するという事実。

 『クロノ・トリガー』序盤の衝撃的なシーンだ

 でも、こうしてプレイしてみると、やっぱり私はストーリー展開を知っていた気がする。


 クロノたちは、こんな未来を変えようと決心し、原因を探るため時間を超えた旅に出る。

 偶然起こったタイムスリップから始まった冒険が、星を救うという大きな使命に変わっていく。


 ――そう。タイムスリップ。

 漫画や小説ではありふれたこの設定。

 水無瀬さんイコール錦くん、という途方もない思い付きのあと、まず頭に浮かんだのは、その単語だった。

 記憶喪失だという説明を受けたあとも、やっぱり「突然、未来に来てしまった」っていう感覚が強く残っている。

 まだ戸惑うときはあるけれど、『クロノ・トリガー』で描かれた悲惨な “未来”と比べれば、まだ安心すべきなんだろう。

 当然と言えば当然だけど、ノストラダムスの大予言も外れたみたいだし。(いや、私は別に信じてなかったけどね。)


「お、けっこう進んだね。もう“未来”まで来たんだ」


 錦くんが部屋に入ってきて、テレビ画面を見て言った。

 こうして錦くんは仕事終わりに様子を見に来てくれるけれど、なんとなく以前より回数も滞在時間も減っている気がする。

 私の気持ちはもう知っているはずなのに、錦くんは何も言ってくれない。


「なんか“未来”はだな……。“中世”はすごく雰囲気良かったのに」


 最初にタイムスリップをした先は王国歴600年の“中世”だった。世界征服を目論もくろむ魔王が存在していた時代で、 その背景だけでファンタジーの雰囲気を十分に感じられた。特に、フィールドで流れていた音楽がとても印象的だった。

 それに比べると、“未来”はまるでSFだ。退廃的で気が滅入ってしまう。

 ちょうど一段落したところで、セーブをしてゲームを終える。

 

「そういえば、あれ、なんて曲なの?」


 陰鬱な“未来”を見たせいか、あの“中世”のメロディが恋しくなる。

 錦くんなら曲名を知っているはず。

 気に入ったものの名前はやっぱり知りたくなる。


「あれって?」


「タン、タン、タタタタ、タン……、タ、タタタタ、タン、タン、ってやつ」


 シンプルだけれど、印象深い綺麗なメロディラインをゆっくりと口ずさむ。


「ああ、あの曲いいよね。タイトルは“風の憧憬しょうけい”」


「しょうけい?」


「んっと、ノスタルジーとか憧れとか、そんな意味だったかな」


 あの曲が流れるだけで、不思議なくらいに懐かしさを感じた。

 ゲームのなかで“過去”に来ているって知っても、やっぱりそうだったんだ、って思うくらい、懐かしい感覚があった。

 なるほど、ぴったりのタイトルだ。


「このサントラCD、いまも持ってる?」


「あ、うん。実家にあるはず」


「よかったら今度、貸してほしいな」


「オッケ。……先週帰ったときに一緒に持ってくればよかったな」


「先週? あ、もしかして『ロマサガ2』のとき?」


 錦くんが、うん、と控えめにうなずく。

 最初にやっていたカセットがなくなってしまって、そのあと持ってきてくれたのは、やっぱり錦くんのものだったんだ。


「んん? じゃあ、その前にやってたのは?」


「ああ、あれは響子ちゃんの持ってたやつ」


「え? 私、自分の持ってたの?」


「うん。たぶん、大人になってから自分で買ったんだと思う」


 へえ。大人になっても、ゲームやってたんだ……。


 ――あれ?

 最初のセーブデータって、たしか最終皇帝の名前が、ニシキじゃなかった?

 え? どうして?

 大人の私が、錦くんの名前をつけてたってこと?

 でも、錦くんとはしばらく会えてなかったって言ってた、よね?


 もしかして、私、未来でもずっと、錦くんのことが好きだったの?


 ああ……そっか。

 やっと、この“未来”が、ちゃんと地続きだったんだって実感できた。

 なかなか一途じゃない、私。


 そんなことを考えながら一人で納得していたとき、部屋にノック音が響いた。

 はい、と返事をすると、源先生と鷲尾さん、その後ろに知らない大人の男女が一緒に入ってきた。

 この鷲尾さんって人は、今の私の上司だと聞いた。

 鷲尾さんを見ると、なんだか落ち着かなかったのは、緊張してたってことなのかな。


「お久しぶりっす! 牧野さん!」


「よかった。思ったより元気そうで安心したわ」


 知らない二人組が朗らかに私に声をかける。


「あ……え、と?」


 この感じは、私のことを知ってる人なんだろうけれど、どう返事したものだろうか。


「ほら、まだ牧野さんは記憶が混乱してるから、困らせない」


 戸惑っていると、鷲尾さんが助け船を出してくれた。

 なんとなく苦手意識があったけれど、思ったより優しい人なのかな。


「記憶が戻るきっかけになるかと思って、仲の良かった同僚を連れてきたんですけれど……どうでしょう?」


 鷲尾さんが静かに問いかける。

 私は首を横に振る。


「そうですか。顔を見て、なにか感じることがあれば、と思ったのですが……」


 同僚、という単語が妙にむずがゆい。大人の私は、ちゃんと社会人をしてたんだな、なんて感心する。


「でも、彼氏の顔も覚えてないってのは、残念っすね」


「……え?」


 錦くんとは付き合ってないって、前に先生は言ってたのに、この男の人は何を言ってるんだろう?


「ね。牧野さん、こんなイケメンと付き合ってたんだよ。早く記憶戻さないと損よー」


 そう言って、名前も知らない女の人は、鷲尾さんを指さした。


「…………え?」


「ああ、急にそんなことを言っても余計に混乱しちゃいますから、今日はこの辺で」


 源先生が前に出てきて、そのあと何か喋っていて、しばらくして、みんなと一緒に、出て行った。


 部屋に、残ったのは、錦くん、だけ。

 助けを求めるように、錦くんを見る。

 錦くんは、目を逸らして、何も言ってくれない。

 その反応で、本当のことなんだと、悟ってしまった。


 ラヴォスに滅ぼされた未来みたいに、一瞬で目の前が灰色になる。

 クロノたちは、悲惨な未来を変えようと、時を超えて冒険に出た。 

 だけど、変えるべき未来が《今》だとしたなら、私はどうしたらいいのだろう。

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