ずっと、憧れのままでいられたなら

「知ってたんだよね……錦くん……」


 錦くんは、黙ったまま少しだけうなずいた。


「なんで……教えてくれなかったの……」


 違う。錦くんが言えなかったのは私のせいだ。

 私が錦くんのことを好きだ、なんて言ったから。

 私の気持ちを知った錦くんが、本当のことを言えるはずがない。


 鷲尾さんだって、きっと悪い人じゃない。

 それなのに、私はゲームの主人公に錦くんの名前を付けたりして。

 錦くんのことを忘れられないっていうのなら、そもそも別の人と付き合わなければいいのに、未来大人の私はそうしなかった。


 全部、私のせいだ。


「……私、このままでいい」


 もう自分の言葉を止められない。


「記憶なんて、戻らなくていい!」


 口から溢れるままに、どんどんこぼれていく。


「ううん、戻らないほうがいい!」


 もう“未来”になんて、行かなくていい。

 ずっとこのままでいられたなら、それでいい。


「大人の私は……きっと最低だから……」


 涙がこぼれそうになるのを、なんとかこらえる。

 私に泣く資格なんてない。


「それはちがうよ」


 いつもの優しい声が部屋に響く。


「たぶん……いろんな事情があったんだと思う。それに、辛いこともたくさんあったって聞いた」


 辛いこと――もしかして、お父さんやお母さんに関係することだろうか。

 一度もお見舞いに現れないことを考えると、なんとなく察しはついていたけれど……。

 それでも、あまりショックを受けないのは、心のどこかで知っていたからなのかもしれない。


「それでも頑張って耐えて、ちゃんと働いてお金も稼いで……僕なんかより、ずっと立派に生きてきて」


 実感はまったく無いけれど、錦くんが言うのなら、本当にそうなのかもって思える。


「だから……戻らなくていいなんて言ったら……これまで頑張った響子ちゃんが可哀そうだよ」


「……うん」


 錦くんの言葉で、少しだけ心が軽くなる。

 ――でも。


「でも……記憶が戻ったら、いまの私はどうなるのかな……?」


 この私が抱えている気持ちはどうなるんだろう。

 上書きをされてしまうのか。 

 それとも夢みたいに忘れてしまうんだろうか。

 

 それが怖くて仕方ない。

 自分が自分じゃなくなってしまいそうで。


「あのさ、響子ちゃん。タイムマシンって、いつか作れると思う?」


 突然、錦くんが変なことを言う。


「ああ、これは響子ちゃんが言ってたことなんだけどさ。中学生のころ……ちょうど『クロノ・トリガー』をクリアしたあたりだったかな。覚えてる?」


 私は首を横に振る。


「響子ちゃんが言うにはね、タイムマシンは思っている以上に簡単にできるんじゃないかって」


 私はなにを言ってるんだろう。

 タイムマシンなんて、空想の産物なのに。


 いぶかしげな私をよそに、錦くんが懐かしそうに眼を細める。


「歴史を変える、なんて大きなことはもちろんできないけど、自分だけの過去は変えられるんじゃないかって。もし、自分の記憶が書き換えられたなら、それは自分にとっての過去が変わったことと同じだからって」


「……うーん?」


「タイムマシンの鍵は“記憶”なんだってさ」


 なんだか屁理屈のように聞こえる。

 そもそも、記憶が書き換えられるっていう前提が不可能な気が――。


「あ、そっか」


 まさに今の私が、それなのか。


「そう。中学生の響子ちゃんは、子供の僕の部屋でいろんなゲームをしてきたけれど、それと同時にこうやって大人の僕水無瀬とも一緒に病院でゲームして遊んでるわけで」


 記憶が分岐するあの不思議な感覚。

 交わりそうで交わらない記憶。


「その楽しい記憶が加われば、記憶が戻ったあとも、きっと過去が変わったように感じるんじゃないかな」


 そうやって、ちゃんと今の想い出も残るのなら。

 錦くんと、水無瀬さん。楽しい思い出が二倍もあるのなら。


「だから、きっと、大丈夫」


 水無瀬さんが私の肩を強くたたく。


 『クロノ・トリガー』では、クロノたちは未来を変えようと冒険に出た。千年後の遠い未来のために。

 そんな先のことなんて、自分たちには関係ないはずなのに。それなのにどうして危険な冒険に出たんだろう。

 心のどこかで、ずっとそんなことを思っていた。


 でも、今ならわかる気がする。

 見て見ぬふりをしていたら、きっと胸を張って生きられないから。

 今だけじゃなく、“未来”のために。自分にやれることをやる。


 そうやって頑張る人には、きっと“時間”が味方をしてくれる。

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